スキップしてメイン コンテンツに移動

理解に苦しむ韓国の原子力潜水艦取得構想は「愚行」に終わるのか

 

 

国国防部が8月10日に発表した「2021-25年度中期国防事業」では作戦統帥権移転後に備えた国防力増強を主張している。北朝鮮の核脅威に対応し各種装備品で能力向上を図るとあるが、もっとも目を引く、かつ物議を醸しだしそうなのが原子力推進潜水艦(SSNs)取得の可能性だ。

 

韓国国防省は4千トン級の次期潜水艦で推進方式を特定していないが、ディーゼル電気推進や大気非依存型推進ではなく原子力推進にするとの明言が高官から出ている。文在寅大統領は2017年大統領選挙運動中に韓国にSSNsが「今の時期に」必要と訴えていた。今回の国防省発表は米韓ミサイルガイドライン改訂の直後に行われた。韓国がSSNs建造に向かうと仮定すると、朝鮮半島を取り巻く安全保障面でジレンマが生まれるが、一方で規模は小さいものの北朝鮮脅威に対する抑止力になる。

 

原子力推進潜水艦が追加されれば数の上の劣性を覆せると主張する向きがある。韓国は潜水艦18隻を供用中だが北朝鮮は70隻近くある。韓国でSSNs保有の声が強くなったのは北朝鮮が潜水艦発射方式弾道ミサイル(SLBMs)の初発射に2015年成功したのがきっかけだ。昨年は金正恩が新造潜水艦を視察したニュースを国営通信が配信した。記事では新型艦の詳細に触れていないが、専門家は北朝鮮が核弾頭付きSLBMの発射技術を磨いていると分析する。北朝鮮の潜水艦戦力は急成長している。SLBM発射テストもその後数回実施している。2010年の天安事件が示すように、北朝鮮には被害を与える意思も能力もある。そのため、北朝鮮が海上で展開する脅威へ対抗戦略が必要となる。ただし、本稿では原子力推進潜水艦の導入でこの課題はすべて解決できないと主張したい。

 

まず、黄海では4千トン級潜水艦が安全に作戦実施できない。平均深度は日本海の1,500メートルに対し、黄海は50メートルしかない。さらに海底に膨大な量の廃棄物があり、潜水艦のプロペラが破損する恐れもある。そもそも原子力潜水艦を導入するのは北朝鮮潜水艦を長時間追尾する目的のはずだ。だが、水中環境が不利だと大型艦では北朝鮮の超小型潜水艇をうまく追尾できない。しかも北朝鮮は沿岸近くで運用するはずだ。2010年に天安を攻撃した潜水艦は130トンの小型艦で白翎島の海岸近くだった。実際に北朝鮮の潜水艦は東沿岸のシンポでの建造が多くなっている。

 

次に原子力推進潜水艦は通常動力艦より騒音が大きい。気づかれずに行動できてこそ潜水艦は実力を発揮し、脅威になる。韓国海軍の演習では潜水艦探知の成功率は25パーセント未満とわかっている。探知を逃れるカギは騒音をどこまで抑え、かつすぐれた操艦ができるかにかかる。だが、小型原子炉はディーゼル電気推進艦以上の騒音を発生するので敵の探知に引っかかる可能性が高い。

 

最後に北朝鮮潜水艦全隻を同時追尾するのは不可能に近い。これは原子力潜水艦で航続距離が伸びても同じことだ。例として2015年に北は潜水艦50隻を同時に出動させた。通常は韓国情報部が衛星画像で基地内の北朝鮮潜水艦の動向を把握している。出港が判明すれば警告を出す。しかし、潜水艦多数の同時出港から混乱が生じ、心理的影響は絶大だった。そうなると数が意味を持ってくる。ただし、上記の海洋面の制約条件のため、少数かつ高価な原子力潜水艦をいかに効率よく運用しても数のギャップを埋めることはできない。

 

こうした戦術面での制約条件に加え、原子力潜水艦の導入で安全保障上のジレンマが地域内に生まれ、朝鮮半島の安全保障が低下する恐れがある。

 

現時点で原子力潜水艦を運用するのは六か国にすぎない。うち、五カ国は国連安全保障理事国であり、核兵器保有も国際的に認知されている。残る、インドは核不拡散条約 (NPT)を批准していない。

 

逆に韓国は同条約に加盟している。韓国が原子力潜水艦を建造すれば、世界で合意形成済みの不拡散原則に反する。国際社会の反発以外に韓国は「米韓核協力合意」で定めた制約を克服する必要にも迫られる。

 

同合意では濃縮ウランの軍事利用を禁じている。2015年改定で韓国も20パーセントまで濃縮ができるようになったが、軍事利用は厳しく禁止されている。米国は不拡散原則を中核的な国益とみており、韓国が原子力潜水艦を建造すれば米国の反対は目に見えている。韓国は2003年に原子力潜水艦建造を極秘に進めようとしたが、構想が明るみに出ると国際原子力エナジー機関、米国双方から注目されてしまった。さらに同地域では中国も重要な国であり、韓国の原子力潜水艦建造に敏感に反応するはずだ。

 

2016年に韓国が米THAAD装備の導入を決定するや、中国は報復経済措置をとり、韓国とのビジネスや中国旅行客の訪韓を制限した。この結果、韓国はいわゆる「三無」政策を迫られた。THAADの追加配備はなし、米韓日三カ国軍事同盟は成立させない、米主導ミサイル防衛ネットワークに加入しない、という内容だ。米中間の競合が強まる中で、原子力潜水艦建造に走れば、安全保障面の懸念を招き、さらに不利な条件が韓国に課せられるだろう。

 

National Interestではザカリー・ケック、ヘンリー・ソコルスキの両名が韓国原子力潜水艦の費用対効果を分析し、「愚行」と断言していた。両名は原子力潜水艦一隻の建造単価70から90億ドルはP-8Aポセイドン哨戒機他ミサイル防衛に投入する方が費用対効果が高いと主張していた。原子力潜水艦建造の単価は張保皐 Jangbogo-III級SSKなら三隻、あるいは小型のSon Won-II級なら9隻に相当するとの分析もある。

 

原子力潜水艦の建造費用が効果を大きく上回るのは戦術面の理由以外に周辺国の示す対応がある。そうなると韓国にとっては敵潜水艦探知に役立つ哨戒機に投資する方が賢明だ。また無人水中機にも投資し、今後の技術成長に期待する方がよい。

 

文政権が目指すのは戦略装備品を整備し北朝鮮を抑え込み戦時統帥権移転に静かに備えることである。文大統領は戦時統帥権移転を2022年までに実現すると公約している。そのため、韓国の独自継戦能力評価に基づく三段階移転条件を満たそうとしている。ただし、ここで疑問となるのは「もし北朝鮮が米韓両軍の膨大な戦力でも抑止できないのなら、韓国の原子力潜水艦一隻で抑止効果が期待できるはずがない」(マイケル・ペック)との見方だ。単純な答えは米国の「核の傘」が北朝鮮を抑え込んでいるというものだ。核の脅威には先制攻撃を受けても核反撃能力を残存させ報復能力を維持して対抗できる。文大統領が原子力潜水艦があれば一次攻撃を生き残れない核兵器がなくても北朝鮮へ抑止効果が生まれると見ていると仮定しよう。そうならケック、ソコルスキがいう「愚行」が戦略面で生まれる。■

 

この記事は以下を再構成したものです。

 

Time for South Korea to Build Nuclear Submarines?

August 22, 2020  Topic: Security  Region: Asia  Blog Brand: Korea Watch  Tags: NuclearSubmarinesKoreaMilitaryTechnologyNuclear Submarines

by Sanghoon Kim


Sanghoon Kim is a Research Fellow with the Political and Security Affairs team at the National Bureau of Asian Research (NBR). He is also a graduate student at Korea University, majoring in international security, and had served in the Republic of Korea Navy as an officer for three years.


コメント

このブログの人気の投稿

フィリピンのFA-50がF-22を「撃墜」した最近の米比演習での真実はこうだ......

  Wikimedia Commons フィリピン空軍のかわいい軽戦闘機FA-50が米空軍の獰猛なF-22を演習で仕留めたとの報道が出ていますが、真相は....The Nationa lnterest記事からのご紹介です。 フ ィリピン空軍(PAF)は、7月に行われた空戦演習で、FA-50軽攻撃機の1機が、アメリカの制空権チャンピオンF-22ラプターを想定外のキルに成功したと発表した。この発表は、FA-50のガンカメラが捉えた画像とともに発表されたもので、パイロットが赤外線誘導(ヒートシーキング)ミサイルでステルス機をロックオンした際、フィリピンの戦闘機の照準にラプターが映っていた。  「この事件は、軍事史に重大な展開をもたらした。フィリピンの主力戦闘機は、ルソン島上空でコープ・サンダー演習の一環として行われた模擬空戦で、第5世代戦闘機に勝利した」とPAFの声明には書かれている。  しかし、この快挙は確かにフィリピン空軍にとって祝福に値するが、画像をよく見ると、3800万ドルの練習機から攻撃機になった航空機が、なぜ3億5000万ドル以上のラプターに勝つことができたのか、多くの価値あるヒントが得られる。  そして、ここでネタバレがある: この種の演習ではよくあることだが、F-22は片翼を後ろ手に縛って飛んでいるように見える。  フィリピンとアメリカの戦闘機の模擬交戦は、7月2日から21日にかけてフィリピンで行われた一連の二国間戦闘機訓練と専門家交流であるコープ・サンダー23-2で行われた。米空軍は、F-16とF-22を中心とする15機の航空機と500人以上の航空兵を派遣し、地上攻撃型のFA-50、A-29、AS-211を運用する同数のフィリピン空軍要員とともに訓練に参加した。  しかし、約3週間にわたって何十機もの航空機が何十回もの出撃をしたにもかかわらず、この訓練で世界の注目を集めたのは、空軍のパイロットが無線で「フォックス2!右旋回でラプターを1機撃墜!」と伝え得てきたときだった。 戦闘訓練はフェアな戦いではない コープサンダー23-2のような戦闘演習は、それを報道するメディアによってしばしば誤解される(誤解は報道機関の偏った姿勢に起因することもある)。たとえば、航空機同士の交戦は、あたかも2機のジェット機が単に空中で無差別級ケージマッチを行ったかのように、脈絡な

主張:台湾の軍事力、防衛体制、情報収集能力にはこれだけの欠陥がある。近代化が遅れている台湾軍が共同運営能力を獲得するまで危険な状態が続く。

iStock illustration 台 湾の防衛力強化は、米国にとり急務だ。台湾軍の訓練教官として台湾に配備した人員を、現状の 30 人から 4 倍の 100 人から 200 人にする計画が伝えられている。 議会は 12 月に 2023 年国防権限法を可決し、台湾の兵器調達のために、 5 年間で 100 億ドルの融資と助成を予算化した。 さらに、下院中国特別委員会の委員長であるマイク・ギャラガー議員(ウィスコンシン州選出)は最近、中国の侵略を抑止するため「台湾を徹底的に武装させる」と宣言している。マクマスター前国家安全保障顧問は、台湾への武器供与の加速を推進している。ワシントンでは、台湾の自衛を支援することが急務であることが明らかである。 台湾軍の近代化は大幅に遅れている こうした約束にもかかわらず、台湾は近代的な戦闘力への転換を図るため必要な軍事改革に難色を示したままである。外部からの支援が効果的であるためには、プロ意識、敗北主義、中国のナショナリズムという 3 つの無形でどこにでもある問題に取り組まなければならない。 サミュエル・ P ・ハンチントンは著書『兵士と国家』で、軍のプロフェッショナリズムの定義として、専門性、責任、企業性という 3 つを挙げている。責任感は、 " 暴力の管理はするが、暴力行為そのものはしない " という「特異な技能」と関連する。 台湾の軍事的プロフェッショナリズムを専門知識と技能で低評価になる。例えば、国防部は武器調達の前にシステム分析と運用要件を要求しているが、そのプロセスは決定後の場当たり的なチェックマークにすぎない。その結果、参謀本部は実務の本質を理解し、技術を習得することができない。 国防部には、政策と訓練カリキュラムの更新が切実に必要だ。蔡英文総統の国防大臣数名が、時代遅れの銃剣突撃訓練の復活を提唱した。この技術は 200 年前のフランスで生まれたもので、スタンドオフ精密弾の時代には、効果はごくわずかでしかないだろう。一方、台湾が新たに入手した武器の多くは武器庫や倉庫に保管されたままで、兵士の訓練用具がほとんどない。 かろうじて徴兵期間を 4 カ月から 1 年に延長することは、適切と思われるが、同省は、兵士に直立歩行訓練を義務付けるというわけのわからない計画を立てている。直立歩行は 18 世紀にプロ