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2021年2月1日月曜日

F-117がKC-135の空中給油を受けられるようになった。「退役」したはずのナイトホークにはまだまだ役目がありそう。

 

USAF

初飛行から日が浅いF-117がKC-135から給油を受けている。A-7Dがチェイス機で飛んでいる。

手前のF-117は塗色が灰黒色の初号機。撮影時期は1984年。

 

 

空軍航空機動軍団(AMC)からKC-135ストラトタンカー全機にF-117ナイトホークへの空中給油を許可する正式通達が出た。

 

この通達でF-117向け空中給油は1980年代の状況に復帰することになり、まさしく『バックトゥザフューチャー」で、公式に退役後13年になるF-117は『ブラックジェット』でなくなった。

 

今回の通達は「KC-135,F-117機間の空中給油業務認可」の表題で、航空機動軍団司令部で作戦・戦略抑止・核装備統合担当のジョエル・D・ジャクソン少将が署名している。日付は2021年1月1日で同軍団の作戦・搭乗員標準化・評価部門A3Vの発出だ。

 

この文書からF−117の活動範囲が広がっており、もはや退役機材として孤高の存在ではないことがわかる。実際に同機は退役後も飛行を継続している。遠隔地のトノパ試射場空港を根拠地とするF-117各機が視認される事例がこの数ヶ月増えている。さらに作戦基地に前方配備され、空母打撃群の演習も支援している。また白昼にネリス空軍基地でステルスアグレッサー役をこなし、レッドフラッグ演習に登場している。

 

公式退役後のF-117各機はエドワーズ空軍基地から移動し、トラヴィス空軍基地のコールサインシエラ99のKC-10から空中給油を受け極秘フライトテストを頻繁に行っていた。最近はKC-135がシエラ98のコールサインで給油役を交代しており、広大なネヴァダ試験訓練場で行動していた。

 

KC-135全機でF−117向け空中給油が可能となったことで、今後はナイトホークを大規模部隊展開 (LFE) 演習の訓練サイクルに投入できる。同時に配備基地から遥か離れた地点への移動も可能になり、東海岸でF-117が演習にステルス機として参加する姿も見られそうだ。

 

第5世代機あるいはステルス無人機で専任アグレッサー部隊が編成されるまでのつなぎとしてF-117にステルス・アグレッサーの役割が期待される。

 

とはいえ、公式には退役から13年が経過し、一部分解されモスボール状態だったはずのナイトホーク部隊(全45機)が運用の幅を広げていることに驚くしかない。ネリス基地ではレッドフラッグ演習が展開中であり、F-117が突如現れる姿を見られるかもしれない。その場合、同機は他のアグレッサー機同様に標準型KC-135Rの空中給油をうけるはずだ。

 

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2019年7月21日日曜日

エリア51はこうして生まれた


The Crazy True Origin Story of Area 51 (And Why People Think UFOs Are There) エリア51誕生の真説 

July 20, 2019  Topic: Security  Blog Brand: The Buzz  Tags: Area 51AliensUFOsSR-71 BlackbirdSecret Aircraft


リア51は米空軍の極秘テスト施設でネヴァダ州南部の砂漠地帯にあり、インターネット上の情報のせいで一般の関心を集めている。
「ドリームランド」とか「グームレイク」とも呼ばれ60年に渡り同基地がペンタゴンもその存在を公表していない「ブラックプロジェクト」全機を受入れてきたことは間違いない。
CIAが2013年にエリア51の存在を認めたが、発足の経緯を説明したい。
民間施設がアイゼンハワー時代にトップ・シークレットスパイ機テストに供された
1950年代初頭に米国はソ連の各弾道ミサイル開発に極度の関心を指名していた。スパイ衛星はまだ実用化されておらず、確実に現場をスパイする方法は上空飛行で大型カメラを撮影することだけであった。だがソ連の防空体制にはジェット迎撃機も加わり通常の偵察機による飛行ではリスクが高まった。
このためロッキードの技術者ケリー・ジョンソンからグライダー状のスパイ機を70千フィート以上の高空をさせる構想が出た。これもソ連領空を非合法に侵犯することになるが撃墜されないはずだった。実際ソ連はスパイ機の飛行を実証できなかった。
1954年11月にアイゼンハワー大統領はU-2開発を「プロジェクトアクアトーン」の名称で承認しCIAによる運用を想定した。機体はロッキードのスカンクワークスで組み立てたがスパイ機であり目立たない場所でテストの必要があった。
ジョンソンはロッキード社のテストパイロット、トニー・ルヴィエに秘密を守れる飛行場を検索させた。ルヴィエはスカンクワークスのあるカリフォーニア州パームデールからビーチクラフト・ボナンザ軽飛行機を操縦して場所探しに出かけた。アリゾナ、カリフォーニア、ネヴァダ各州で二週間以上探したものの十分なまでに遠隔地と呼べる地点が見つからない。
だが空軍連絡将校オズモンド・リトランド大佐が大戦中に砲兵隊陣地に使われていた放棄されたX字型着陸帯を思い出した。
CIAのリチャード・ビッセル、ルヴィエ、ジョンソンは現地ヘ飛び、着陸帯を検分した。現地はネヴァダ州の乾燥塩湖グルームレイクに隣接していた。ビッセルは同地を「天然の着陸帯として最適....ビリヤード台のように真っ平らで追加工事が不要」と述べていた。ジョンソンは「ここに決めよう。ここへハンガーを作る」と述べた。
CLJという偽の民間企業がロッキードにより発足し施設建設の請負企業を募集したのは1955年のことで総費用は800千ドルだった。
荒涼たる同地は欺瞞対策で「パラダイス牧場」の名称がつき、1マイル近くの滑走路、ハンガー二箇所、管制塔、燃料水貯蔵タンク、アクセス道路、現地人員用トレイラー住宅が建設された。ルヴィエ自身がデブリや使用済み薬莢を取り除き離着陸の安全を確保した。
1955年7月24日、試作型U-2は分解されC-124グローブマスター輸送機により「牧場」へ運ばれた。着陸に際してはタイヤの空気圧を下げてタイヤ破損を防いだ。
ルヴィエは早速同機をタキシーテストし、時速80マイルで長い主翼が20フィートまで機体を浮かした。機体は四分の一マイル飛び、湖底に着地させたがタイヤがバーストし発火した。
U-2はその後テスト飛行を順調にこなし、CIAパイロットがソ連上空のスパイ飛行に使った。
民間機パイロットや航空管制官が不可能なはずの高度を飛ぶU-2に気づいた。空軍は真実を語れず、気象現象でごまかした。だが陰謀説を生むことになった。

ブラックバードの系譜、A-12、D-21、SR-71
ソ連のS-75地対空ミサイルがゲイリー・パウワーズ操縦のU-2を1960年に撃墜し、パイロットが諜報活動を自白すると、高度だけでは防御しきれないことが判明した。ケリー・ジョンソンはすでに1958年時点でこの脆弱性を認識しており、新型スパイ機構想づくりを始めていた。行動度にマッハ3超の高速を持続し、レーダー探知を逃れれば迎撃されることはないはずだ。
CIAとロッキードの「ブラックプロジェクト」には「プロジェクト・オックスカート」のコードネームが付き、未来的な形状のA-12単座スパイ機が生まれた。これをもとに知名度が高い(かつ機密解除された)複座SR-71ブラックバードが生まれ、同機は米空軍が運用した。
同時にグルームレイク施設には「エリア51」の呼称が付き、さらに施設を拡充し超音速機のテスト用に使われた。ハンガーの追加、滑走路を10千フィートに延長し、着陸帯を十分確保し、人員向けに130戸住宅をつくり、高温に耐えるJP-7貯蔵施設はA-12用に建設された。
A-12の第一陣は1962年に飛来し、一時的除隊手続きの軍パイロットもCIAによる雇用の形で加わった。ホワイトハウスはA-12をソ連上空飛行に投入しなかったがヴィエトナムと北朝鮮上空には合計32回のミッションをプロジェクトブラックシールドとしてSR-71に交代するまで行った。空軍のSR-71には速報監視カメラがつき敵地上空飛行の必要がなかった。 
ロッキードはスパイ無人機D-21も開発し、ブラックバードを小型化した単発機となり、ブラックバードを改装した母機M-21から運用した。そのD-21の一機がM-21と空中衝突し乗員は機外脱出したものの溺死し、ジョンソンはM-21開発を中止した。
だがCIAはD-21をB-52爆撃機から発進させ中国の核実験場をスパイした。同無人機のミッション5回ではいずれも写真画像の回収に失敗している。

ステルス機の生誕地
A-12及びブラックバードのステルス特性は限定的だったが、1970年代に入り空軍はレーダー探知特性が低い機体を戦闘任務に投入することに関心を示した。
1977年にスカンクワークスが新型コンピュータモデリング技術を導入し、2機のダイヤモンド形状の角ばった表面にレーダー吸収用の鉄ボール塗装を施した機体を作成した。これが「ハブブルー」で分解されエリア51にC-5で搬送され再組み立てされた。
ハブブルー各機のレーダー断面積は大幅に減ったものの機体は空力学上で非常に不安定で両機は1979年に墜落してしまう。
ロッキードはハブブルーからF-117ナイトホーク攻撃機を開発し、コンピュータ制御のフライバイワイヤで機体の不安定さを補正した。YF-117試作機もやはり初飛行はグルームレイクで1981年6月17日に実施した。製造型のF-117はまずエリア51に集結し、近隣のトノパ試験場に派遣された。
ペンタゴンはステルス機の存在を1983年に認めたもののF-117をとりまく機密はそのままとし一般大衆がナイトホークの実際の姿を見ることはなく、制式呼称も秘密のままだった。(当時はF-19と言われていた)最終的に公開されたのは1988年のことである。
ノースロップもタシットブルー実証機(「クジラ」あるいは『エイリアンのスクールバス」と得意な外観から呼ばれた)でステルス技術を発展させた。同機の初飛行はやはりグルームレイクで1982年2月のことである。同機は135回のテスト飛行を実施し1985年に用途廃止となった。
ステルス偵察機として構想のタシットブルーはコンピュータ技術を応用した曲面処理技術に道を開き、同社のB-2ステルス爆撃機が生まれたのである。■

Sébastien Roblin holds a master’s degree in conflict resolution from Georgetown University and served as a university instructor for the Peace Corps in China. He has also worked in education, editing, and refugee resettlement in France and the United States. He currently writes on security and military history for War Is Boring.

2019年3月30日土曜日

F-117が開いたステルス機の歴史と今後の展望

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Sad Stealth: Was the Lockheed Martin F-117 Nighthawk Retired Too Soon? 悲運のステルス、ロッキード・マーティンF-117ナイトホークの退役は早すぎたのか

Or was it too old to be a threat?
March 24, 2019  Topic: Security  Blog Brand: The Buzz  Tags: F-117F-35F-117 Stealth FighterMilitary

空軍で今後の戦力構造の検討が進む中、ステルスの進化過程をふりかえるのに意味があろう。はじまりはロッキード・マーティンF-117ナイトホークだった。同機は2008年に退役したが今日でも有効活用できるだろうか。
中程度の脅威として例えばイランが相手なら可能だ。だがハイエンドのロシア、中国相手では疑わしい。技術はF-117の構想時から相当進歩している。
1970年代に開発が始まり、1983年に極秘裏に作戦投入可能となったF-117が新時代の扉を開き、その後数十年にわたる航空優勢を米国に確保した。皮肉にもナイトホークを実現した理論のルーツはソ連論文「ゆがみの物理理論における末端波形」であった。この論文はロシア人ピョートル・ヤコヴレヴィッチが1962年に発表したもののその後忘れられていた。ロッキードのスカンクワークス技術員デニス・オーヴァーホルサーがロシア物理学者の方程式の潜在可能性に着目した。
オーヴァーホルサーからスカンクワークスが絶望のダイヤモンドと呼ぶコンセプトが生まれた。その形状で驚くほどレーダー断面積減少効果があると判明した。そこでペンタゴンはロッキードに即座に契約を交付し、実証機ハブブルーHave Blueを製造させ高度残存可能試験機Experimental Survivable Testbed (XST)の実現をめざした。ペンタゴンはワルシャワ同盟軍による防空体制の突破方法を模索していた。冷戦が第三次世界大戦になればNATO空軍部隊が大損害を被る予想が現実になりそうだったからだ。
ロッキードは絶望のダイヤモンドでフライ・バイ・ワイヤ技術も投入した。その結果生まれた機体は敵レーダー波を反射するべく多様な面がつき、F-117の縮小版の様相で初飛行は1977年12月だった。試作機2機はともに全損したがハブブルーは成功作とされ空軍は次の段階としてF-117開発を決断した。
F-117の初飛行が1981年で供用開始は1983年だ。ロッキードは利用可能な既存部品を使い短期間で機体を完成させた。フライ・バイ・ワイヤはF-16の流用で、エンジンはF/A-18のジェネラル・エレクトリックF404ターボファンからアフターバーナーを外した。さらにF-117では後のステルス機と異なり、航空機用アルミニウムを多用し製造を容易にした。ロッキードはF-117Aを59機、試作用YF-117Aを5機製造した。
F-117の実戦デビューは1989年のパナマだったが成果はぱっとしなかった。だがF-117は1991年の第一次湾岸戦争のイラクですばらしい成果を示した。その後発生した第二次湾岸戦争、イラクの自由作戦にも投入された。空軍はF-22ラプターの予算捻出を優先し2008年に経費節減のためナイトホークは退役した。空軍はF-22ラプターとF-35が加わればF-117は不要となると説明していた。
F-117の供用期間中で喪失機はデイル・ゼルコ中佐操縦の一機だけで1999年3月ユーゴスラビア上空でコソボ紛争に介入した連合国軍作戦の最中だった。ステルスも無敵ではないとの印象が一般国民に広まったが、安全保障専門家はそんな幻想を一蹴した。ただ1990年代に低視認性機材への過信が生まれたのは確かだ。ステルス機も兵装投下することで姿を探知される。ステルスは魔法の透明マントではない。
だが米空軍はステルスが透明、無敵の存在ではないことを常に意識していた。砂漠の嵐作戦では一般大衆の認識と違い、イラクに最初の一撃を加えたのは米陸軍のAH-64アパッチガンシップ部隊であり、F-117ではない。攻撃ヘリはVHF、UHFを使うイラク軍の低周波早期警戒レーダーの排除を命じられた。こうしたレーダーはC、X、Kuの各バンドでステルス機も探知する。アパッチ隊がF-117に道を開き、探知されずにイラク国内奥深くへ侵入できたのだ。
その後登場したステルス機のF-22やF-35は高周波火器管制レーダーに対して有効な設計だ。第5世代戦闘機の設計思想はF-117戦術ステルス攻撃機をそのまま継承しており、敵はなにかいると認識する状況を前提とする。ただし敵は手が出せないという前提だ。だが公表情報と異なり空軍のステルス機は海軍の電子戦機材のプラウラーなどがいない空域には一度も投入されていない。
これに対してB-2のようなステルス戦略爆撃機は潜水艦と同様の運用で存在を全く認知されない。大型爆撃機には「広帯域全方位」ステルス性能があり、低周波レーダーでも探知されず、ノイズやクラッターに隠れる。それでも空軍はロシアや中国が低周波レーダーでB-2も探知する日が早晩来ると見ている。「こちらはB-2機内で防御統制システム(DMS)で相手の脅威を特定だきる」と空軍関係者は述べる。「だがEW(電子戦)の進歩は待ったなしでDMSを向上させないと対応できない」だがB-2は相手側脅威に合わせた性能向上をしておらず、このため空軍はLRS-BとしてB-21新型爆撃機で低周波探知装備に打ち勝つ必要があるのだ。
だが空軍発表ではF-117がハイエンド戦に耐えられないと強調されている。同機は高周波レーダー対策が主で、F-22やF-35のリアルタイム被探知回避や脅威発生源の探知はできない。また一旦探知され対抗手段が向けられれば生存出来るだけの性能がない。
これがF-22やF-35が有するF-117より有利な点だが、ロシアのPAK-FA(Su-57)や中国のJ-20、J-31も同様だ。F-117は脅威対象を回避する自動飛行経路作成能力に完全依存していた。だがF-22やF-35はリアルタイムで脅威源を把握しパイロット関与を不要としており、さらにF-35がラプターより一歩先を行く機体になったのは技術進歩の恩恵を受けているからと言える。
広範囲の周波数各種でのレーダー断面積でラプターがF-35より小さいと空軍は2014年までは説明していた。だが新型機のほうが電子戦装備の進歩で探知特徴をよりよく管理できる。このため航空戦闘軍団司令官を務めたマイク・ホステジ大将が「F-35ではF-22波の高高度性能や速度は出せないが、ステルスではF-22に勝つことが可能だ」とBreaking Defenseに言ったのだろう。「可能だ」と言う言葉が問題だ。現役のACC司令官ホーク・カーライル大将はNational DefenseでF-35は「相手を探知するパッシブ性能と自機の被探知特徴の管理で一歩先を行く」と述べている。
結局のところ、米国が数十年と巨額の費用を投じて養成したパイロットのインターフェイスがロシアや中国が慌てて整備中の対抗策への優位性を実現する。米国は優位性を維持するためにも新しい技術開発を続けてていかねばならない。■

F-117は退役したことになっていますが、西部に飛行隊分の機材を温存しており、ときおり飛行しているところが目撃されていますし、海外に投入されたとの未確認情報もあります。記事の説明にあるように相手によってはまだまだ有効な攻撃手段になるのでしょうが、支援機材が必要で単独投入できる機材でないこともわかりましたね。しかしその機材維持運用費用はどこから出ているのでしょうか。

2018年6月10日日曜日

F-117にみるステルス技術の「神話」と現実

よくあることなのですが、記事のタイトルと内容特に結論が乖離していますね。たしかにF-117は退役後も米国西部にこっそりと温存されていますが、投入できる範囲は限られるでしょう。戦闘機の分類ながら空戦能力が皆無で対地攻撃機に使うのが本領の同機ですがなぜF-117になったのでしょうね。戦闘機と言いながら爆撃機というのはF-105サンダーチーフの例が前にもありましたね。



Could the F-117 Nighthawk Make a 'Stealth' Comeback? F-117ナイトホークが「ステルス」カムバックする可能性はあるのか



June 5, 2018

ッキード・マーティンF-117ナイトホークは伝説の機材だ。2008年に退役したF-117は今日でも有効な戦力になれるのか。
その答えはイランのような中距離程度の脅威を有する国相手なら間違いなくイエスだ。だがロシアや中国と言ったハイエンド脅威国が対象となると怪しくなる。F-117が「ステルス戦闘機」として開発が始まって以来の技術進歩には相当のものがある。
F-117の開発
1970年代に開発が始まり、秘密のうちに供用を開始した1983年、F-117は米国による戦闘の独壇場を開いた機体となった。皮肉にも米国がナイトホークを開発した出発点はソ連でピョートル・ヤコブレビッチ・ウフィムツェフが1962年に執筆した論文だ。折角の構想をソ連は非実用的と無視したが、ロッキードのスカンクワークスのデニス・オーバーホルサーがロシア物理学者の論文に実用的な意義を見出したのだ。
オーバーホルサーの研究からスカンクワークスで絶望のダイヤモンドと呼ばれたコンセプトが生まれた。だがすぐに不格好なダイヤモンド形状がレーダー断面積削減に大きな効果があることが判明した。そこでペンタゴンは直ちにロッキードに契約交付し実証機ハブブルーの作成にあたらせた。これは生存可能試験機(XST)事業の一環だった。ペンタゴンは当時ワルシャワ条約軍の防空体制が実効力を強める中で対策に全力を尽くす必要に迫られ、第三次大戦勃発となればNATO空軍部隊は多大な損害を覚悟せねばならない状態だった。
ロッキードは絶望のダイヤモンド機の設計から辛うじて飛行可能な機体製作に向かった。そこから生まれた機体は多数の面で敵レーダーを無効にする設計でF-117の縮小版の様相で1977年に初飛行した。試作型二機は喪失したが、このハブブルー事業は驚くほどの成功を収めた。このため空軍は後継機としてF-117開発を進めることとした。
F-117は1981年初飛行し1983年に戦力化した。ロッキードがここまで早く作戦機材を開発できたのは他機種の既存コンポネントを流用したためだ。フライバイワイヤはF-16から、エンジンはF/A-18AのジェネラルエレクトリックF404ターボファンからアフターバーナーを省いたものだった。さらにF-117は通常型の航空宇宙用アルミニウム製で、その後のステルス機と一線を画し、製造が容易だった。ロッキードは合計59機のF-117AとYF-117A開発試作型5機を製造した。
F-117の戦歴
F-117の極秘戦闘デビューは1989年でパナマ侵攻作戦だったがその実績は精彩を欠くものだった。ただしF-117は第一次湾岸戦争(1991年)ですばらしい働きをイラクで示し続く第二次湾岸戦争のイラクの自由作戦(2003年)でも同様だった。空軍は予算節約のためとしてナイトホークを2008年に退役させロッキード・マーティンF-22ラプターの予算をねん出した。その時点での空軍見解は航空優勢が主眼のラプターの登場でF-117の出番はなくなったというものだった。
供用期間を通じ機体喪失は1999年3月にユーゴスラビア上空で撃墜されたデイル・ゼルコ中佐操縦の機体一機のみで、コソヴォで発生したこの事件はステルス機といえども無敵ではない、レーダーや赤外線の前にステルス機も探知可能と広く知らしめることとなった。もともと国家安全保障関係者や軍内部でそんな幻想を抱くものは皆無だったが、1990年代から低視認性機の性能を過信する傾向が生まれていた。ステルスは探知追尾を遅らせるだけであり、敵に見つかる前に運んできた兵装を投下するのが基本コンセプトだ。ステルスは機体を透明化にする魔法ではない。
空軍はステルス機が探知不可能であり無敵だとは一貫して考えてこなかった。砂漠の嵐作戦では米陸軍AH-64ガンシップがイラクで初めて戦闘投入されており、そのミッションはイラクの低周波早期警戒レーダーを排除することだった。各レーダーはVHF、UHF帯域を使用していた。こうしたレーダーはF-117の探知追尾が可能だ。アパッチ部隊がステルス機に侵入経路を作りイラク内部へ探知されずに移動できるようにした。同機はC、X、Kuの各帯域でステルス性を発揮できる設計だ。
その後登場したF-22やF-35も高周波火器管制レーダーに有効なステルス性能を有する。第五世代戦闘機はF-117直系といえるが、敵も何かが飛んでいることは察知できる。ただ存在が分かっても打つ手がないはずというのが理論上の説明だ。だが空軍がステルス機を運用する際は海軍の電子戦機がある場合に限っている。
ステルス戦略爆撃機のB-2は潜水艦同様で飛行中に存在を探知されない。大型爆撃機は「広帯域全アスペクト」ステルス機で、つまり低周波レーダーをもってしてもノイズと乱反射に隠れ探知されない。それでもペンタゴンとしてはロシアや中国がここまで早期に低周波レーダーを開発しB-2にも脅威になる事態が来るとは予測していなかった。「B-2の脅威をリアルタイムで予測すべく国防管理システム(DMS)を利用したが、B-2でさえ脅威の進展についていけなく事態が来るとは正直想定できなかった。このため新型LRS-B(B-21)では低周波レーダー対抗を最初から盛り込んでいる」と空軍関係者が述べている。
F-117の限界とF-22を上回るF-35のステルス性能
この空軍関係者の話でF-117が高度のハイエンド戦に対応できないことの説明がつく。亜音速軽爆撃機のF-117が高周波レーダー対策に特化していることはF-22やF-35のようにリアルタイムで脅威発生源を探知したり敵発信の特徴の把握はできないことを意味する。ましてや探知されたり空中で敵に遭遇すれば生き残るのに必要な性能が足りない。
じつはここにF-22やF-35の長所があり、F-117はおろかロシアのPAK-FA(Su-57)や中国のJ-21やJ-31でさえもこの水準に及ばない。F-117の場合は各ミッション実施前に脅威対象を回避するコース設定が必要だった。F-22、F-35では侵入コースがリアルタイムで設定でき、パイロットに情報を提供するインターフェイスが備わる。この関連で共用打撃戦闘機はラプターよりさらに一歩先の性能で、開発時期の差から生じた技術進歩を反映している。
空軍や業界の複数筋からラプターのレーダー断面積はF-35より大きいとの情報があるが、今後の新型機はさらに進歩した電子戦装備のおかげもありステルス性能が向上する。航空戦闘軍団(ACC)司令官を退いたマイク・ホステージ大将がBreaking Defenseに語ったことばを思い起こさせる。「F-35は高度性能がなく速力も劣るが、ステルス性能でF-22を上回る」と述べていた。現ACC司令官ホーク・カーライル大将はF-35のパッシブ性能が優れ自機の出すシグネチャの管理能力は高い、とNational Defense Magazineで述べていた。
そうなるとロシアや中国への優越性はこれまで多額の費用を投入してきた機体とパイロットのインターフェースにかかる。カーライル大将も何年か前に筆者に同じことをペンタゴンで語っている。にもかかわらず米国が技術面で優位性を確保するには新技術の開発に今後も尽力する必要があるのは明らかだ。

Dave Majumdar is the defense editor for The National Interest. You can follow him on Twitter: @davemajumdar.

2017年9月20日水曜日

再び、F-117ナイトホークはネヴァダで何をしているのか


今回は前編としてまずF-117の登場です。同機の話題は前にもご紹介していますが退役したと思われていたもののどっこい砂漠地方で現役扱いなのですね。では墜落した機体は何だったのか、後編をお楽しみに。

Retired But Still Flying, the F-117 Nighthawk May Soon Fade to Black 退役したものの飛行状態を保つF-117ナイトホークだが全機用途廃止が視野に入ってきた。


第49整備隊がF-117ナイトホークをホローマン空軍基地(ニューメキシコ)で整備している。March 13, 2014. このF-117はホローマン基地の展示施設にて静態保存中で機体は2008年に用途廃止された。退役したがF-117は「飛行可能保存機」としてネヴァダで訓練に供用されている。 (U.S. Air Force photo by Airman 1st Class Leah Ferrante/Released)
 POSTED BY: ORIANA PAWLYK SEPTEMBER 11, 2017

  1. F-117ナイトホークのネヴァダ砂漠での目撃がここ数年増えており、「退役」機がフライトラインに並ぶとはどういうことなのか疑問が増えている。
  2. 専門用語では「飛行可能保存機」の扱いの同機は空軍機材としてトノパ(ネヴァダ)のテスト試験場に配備されている。
  3. ただし2017年度国防予算認可法によれば空軍は毎年4機のペースでF-117を用途廃止することになっており全廃にもっていく。
  4. 「飛行可能保存機」は極秘扱いを受けないため航空愛好家がこのステルス機が飛行する様子を2014年に初めて目撃し、2016年にも同様に訓練フライトに連れ出された様子を目にしている。
  5. 議会は2007年2008年に当時52機残っていたF-117を現役扱いから外す権限を与えたが、機体整備を続けさせハイエンド戦が勃発した際に必要となった場合に備えるよう求めていた。
  6. だが重要目標を探知されずに攻撃できる同機はあと数年で本当に闇の存在になるかもしれない。「2017年に一機を廃棄する予定で今後は毎年4機ずつ処分する」と同上関係者は述べている。
  7. 「非軍用機」への移行と存存機数の減少は国防総省の41-60.21「国防資材処分マニュアル」に定められている通りだ。
  8. 同機が何をしているのか、DoDがどうしようとしているのかによっては、たとえば博物館展示にするというのもあるが、マニュアルでの処分方法が変わってくる。「墓場にもっていくこともあれば、そうならないときもある」と同上関係者は述べる。言っているのはデイヴィス・モンタン空軍基地(アリゾナ)のことで退役機材が集まる場所だ。
  9. F-117の初の実戦は1989年12月19日のパナマ侵攻「正しい道義」作戦でその後何回もレーダー波をかいくぐってきた。
  10. F-117が実戦部隊に配備された1980年代より以前に9年間にわたり秘密扱いだった。公試中に数機が墜落もしている。
  11. 先週にネヴァダテスト訓練空域で「極秘」機材の墜落でパイロットが死亡しており、ナイトホークの役割に関心が高まっている。
  12. エリック・シュルツ中佐(44)が機体墜落による負傷で死亡した。墜落地点はネリス空軍基地から約100マイル地点だ。
  13. 空軍参謀総長デイビッド・ゴールドフェイン大将は事故機がF-35共用打撃戦闘機だったとの観測を一蹴した。「F-35ではなかったことははっきり言える」とMilitary.comの取材に答えている。
  14. 事故機の機種はいまだに公表されていない。■

2016年9月30日金曜日

★★退役して8年たつF-117はネヴァダ上空を飛行して何をしているのか




Watch two F-117 stealth jets fly over Nevada together….8 years after “retirement”

Sep 23 2016 - 1 Comment



F-117数機が飛行可能状態でトノパ射爆場(ネヴァダ州)で残っていることは秘密でもなんでもないが、二機のブラックジェットが引退後8年経っても編隊飛行しているのはやはり奇異だが興味深い。写真を御覧いただきたい。

ここ数年に渡りF-117ナイトホークがトノパ射爆場(TTR)から東のネヴァダ上空を飛行しているのが報告されている。

今回はAviationistへ寄稿している「Sammamishman」氏が2016年7月末に撮影した写真、ビデオをご覧いただく。

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2014年に映像や写真がオンラインで出るや米空軍はブラックジェットが「タイプ1000」保存機としてTTRにあることを認めた。この符号は機体が戦闘に必要になるまで状態を維持することを示す。


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ネヴァダの砂漠地帯は機体保存に最適で乾燥性気候は機体腐食を進行させない。
機体は四年単位で保存状態におかれ、保存状態によるが必要なら30日から120日で現役復帰できるよう整備されている。すごい。

ということは米国はF-117が将来の戦争シナリオで活用できると見て、保存機材を時折飛行させ、パイロットに習熟させているのだ。では何に備えているのか。

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1970年代に企画された亜音速でC、X、Kuの各帯域での探知から逃れることに特化したもののF-22やF-35よりステルス性に欠けるF-117は「おそらく」一部の低中程度の脅威環境なら投入できるのだろう。だが今後の敵の進歩に追随できない。

空軍が一部現役機材かつ交替が難しい機種(A-10サンダーボルトなど)を退役させようとしているのは最新防空装備に対抗できないためで浮いた費用で高性能機種(F-35など)を調達しようとしている。
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そうなるとなぜ空軍は象徴的だが古典とも言えるこの機材を飛行可能状態に維持しているのか。

すでにお伝えしているよに同機がまだ別の用途に使えると見ている人物がいるのだろう。おそらく新技術のテスト用ではないか。レーダーとか赤外線探知追尾装置とか、SAM地対空ミサイルの支援か、第六世代戦闘機、あるいは次世代AEW空中早期警戒機材としてかUAV無人機関連だろう。

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また同機を無人機に転用して戦闘用の高速ステルスUCAVにする構想を発表したこともあった。

写真撮影した「Sammamishman」氏は以下伝えてきた。

「お送りした写真を見ているうちに気づいたことがあります。F-117が二機滑走路に並んでいますが、一機の上部に通信アンテナに見える物体がついています。もう一機には付いていません」

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「TTR基地を観察していると日の出直後に今回撮影した二機のF-117の格納庫周りに車両が集結しているのがわかりました。二機はその後離陸準備をし写真の様に離陸しています。二機は低空で数回にわたり射爆場上空を通過してから基地に戻っています。(ビデオ映像を参照されたい) 滞空時間は45分から1時間ほどでした。二機の飛行を見ると退役後の通常飛行には見えません。格納庫に集まった車両は午前早い時間に帰っていき、翌日には隣の格納庫で支援に集まっていました。機種は確認できませんでしたが、別のF-117と思われます。ナイトホークの写真を見ると一機が改修を受けているようですがよくわかりません」と「Sammamishman」氏はメールで伝えてきた。

たしかに二機のF-117のうち一機はわずかに外観が違うようだが100パーセント断言できないのは撮影が遠距離からで高温と距離のため画像に歪みがでているためだ。

読者の判断に委ねる。なおビデオは下を参照してください。