歴史のIf ③ 真珠湾攻撃を実施しなかったら日本はどうなっていたか



米海軍大学校教授が真珠湾攻撃の背景、日本の対米戦に備えた戦略体制、そして今日の世界に通じる教訓をまとめていますのでお送りします。切羽詰まるととんでもない決断が出てくる日本人の心理は今でも同じでしょうか。戦争に勝つことはそもそも何の目的なのか、手段と目標、目的がうまく整理できないと単なる狂乱の世界になってしまいます。75年後の我々は果たして思考を確立しているでしょうか。

The National Interest

Why Japan Failed at Pearl Harbor

USS Arizona burning after the Japanese attack on Pearl Harbor. Wikimedia Commons/Public domain
Tokyo knew it was awakening a “sleeping giant.” So why did it attack?
December 6, 2016

真珠湾で75年前に起こった史実からアジア太平洋の海軍国としてのアメリカの未来に何が言えるだろうか。敵国の視点で見てみよう。

  1. なぜ日本は攻撃に踏み切ったのか。何もしない選択肢も効果を上げることがある。日本帝国が真珠湾攻撃を実施せず西太平洋だけに専念していたらより有利な状況になっていたはずだ。当時の日本政府が自制心を示していれば「寝た子を覚ます」と山本五十六が一番恐れていた事態を回避できたのではないか。またアメリカの眠りをさましてしまっても日本撃滅への「恐るべき決意」は回避できたのではないか。次の論点を見てみよう。

  • オアフ島を攻撃した日本は中国大陸で大規模地上戦を展開しながら太平洋で戦線を拡大してしまった。ハワイ攻撃の時点で日本は10年も戦争をしており、満州侵攻を1931年に、中国本土で1937年に戦火を拡大している。1945年の戦争集結時でも中国・満州・朝鮮に180万の日本軍が残っていた。地上戦の規模の大きさが判り、海上戦と比較できる。
  • 日本は遥かに大きな経済力産業力を有する相手に戦いを挑んだのみでなく、敵国の戦意に火をつけ日本が相手にならない規模の軍事力が向けられた。1940年の米海軍建艦予算だけで日本海軍の10年分の建艦予算より大きい。そんな相手に日本は立ち向かった。
  • 眠れる巨人が目を覚ますと日本指導層は戦略方針を見誤り、確保した広大な占領地を守ることに目を奪われ、新しく生まれた事態へ順応できなかった。

  1. 強い相手と戦う道を選択した場合、相手を怒らせて敗北を認めないと「自滅行動」の可能性が高まるが、まさしくこれが日本軍で発生している。またその反動は予想できるものだった。日本軍にも強い洞察力を有する軍人がおり、結果はわかっていた。
  2. 山本五十六提督はその一人で戦争をどう終わらせるかを先に考えていた。対米戦は「世界全体と戦うこと」と同じと考え、米国が産業力を一旦全開にすれば物資面で対抗できなくなるとわかっていた。事実、山本は「どうしてもと言うなら海軍は開戦直後の半年や一年なら暴れてみせるが、二年三年となれば自信がない」と政府上層部に語っている。
  3. 山本は正しかった。戦争が四年続き、1943年後半になると米海軍は1940年に議会が承認した両洋艦隊整備の成果で新造艦艇が戦闘に投入されてきた。山本の予想どおりの事態になり、日本帝国海軍は圧倒されてしまう。
  4. 山本は正しかった。日本は緒戦で勝利するしかなかったのだ。だが山本にも誤りはあった。真珠湾攻撃で同時に帝国海軍は短期勝利の可能性を失った。では結果が予想できたのになぜ実施したのか。どうすべきだったのか。
  5. 75年前に「あの時こうしていたら」と考えることになる。海軍大学校の戦略論教授としてはドイツ戦略論の神聖なるカール・フォン・クラウゼヴィッツを言及せざるを得ない。カールならこう言うだろう。「事後にならなんでも言える」
  6. 過去の失敗から学ぶことは戦闘指揮官や政治家がどこを誤ったのかを後になってから批判することではない。真の意味で学ぶためには実際の結果より優れた結果になっていたはずの別の可能性を思いうかべる必要があるのだ。
  7. 口ばかりの評論家を好む人は皆無だろう。クラウゼヴィッツ流にはどうしていたらよかったのか、と尋ねることだ。敬愛するテディ・ローズヴェルト流に言えば主役は血と汗を流して結果を得る選手だ。そこで別の可能性も検証が必要だ。米海軍大学校は「批判的分析」と呼ぶ手法を用いる。
  8. 日本海軍の戦略上の誤りがどこにあったのかを知り、南雲忠一提督の空母機動部隊をハワイまで派遣して暴れさせた戦術上の失敗の本質を考察してみたい。日本が真珠湾攻撃に踏み切ったのは誤りであり、航空部隊による真珠湾攻撃でも誤りを犯した。
  9. まず日本側の戦略が戦略的に誤りだった。日本は太平洋で何がしたかったのか。単純に言えば、日本と米国で太平洋を分割したかったのだ。アジアの「第二列島線」として日本、グアム、ニューギニアに至る線から西の海洋、空域、陸地を支配しておきたかったのだ。
  10. この野望を実現すべく、資源に乏しい日本には原材料輸入が死活を握り、主に東南アジアを供給源と見ていたことで侵攻案にはずみをつけてしまった。
  11. 当時の日本は領土・資源を確保し、長大な防衛線で列島線を外部から遮断しようとした。20世紀初頭には次の対戦相手は米国だと認識した戦略家はすでに1865年に清国の海上戦闘力を打破し、1905年にロシア海軍も破ったことから極東ではロシア海軍力は再興してこないと見ていた。
  12. 米海軍が日本海軍の次の相手になった。当時は米海軍大学校も軍事力を遠距離投射で日本本国まで進出する方法を検討していた。
  13. 日本が地政学で何を狙っていたかを考えてみよう。日本が防衛線を東や南に伸ばすのは円をひろげるようなものだ。日本本国から遠く離れた地点を艦隊の活動範囲にすることになり、日本は一層広い海域を求めることになる。そうなると防衛最前線が移動し、実際に1942年にはガダルカナルまで広がった。円が広がると日本海軍の力は薄まる。1942年中頃に山本提督の予想を超えるまでに広がっていた。
  14. 広大な海域を支配することほど厄介なことはない。防御線が長いと陸上海上問わず困難になる。防衛側は攻撃側より各地点で強い体制の維持を迫られる。だが突破不可能な防御網を数千マイルにわたり維持することは不可能だ。
  15. 端的に言えば日本は自ら不可能な状況にしていたのであり、米軍の攻勢が本格的になればひとたまりもなかった。実施にそうなった。クラウゼヴィッツによれば戦争の行方を決めるのは物資面と意思の両面の力の総和だ。米国は経済産業で世界最大とは言うものの軍事面では力を投入する意思が不足しており弱さを露呈していた。
  16. 日本は米国を弱体化できたはずだ。挑発的な態度を押さえていれば。アメリカを一気に戦争に走らせなければ、広大な軍事区域を確保できていたはずだ。その途中で米領土の攻撃は避けられなかったかもしれないが、米国民にとってはさほど重要ではない地点がフィリピンだった。米国でフィリピンの場所を地図で示せない者が大部分だったくらいだ。フィリピン以外に戦火が広がらなければオアフ島攻撃後に生まれた怒りにはつながらなかったはずだ。
  17. いかなる民主国家も国民の支持が得られなければ開戦できない。真珠湾攻撃で一般国民が示した怒りがなければ、米軍は限定的な反撃を太平洋各地で行うのが精々だっただろう。中途半端な姿勢は日本にとって益になったはずだ。
  18. 真珠湾攻撃は米国民に報復感情をかきたてた。これがチェスター・ニミッツ海軍大将とダグラス・マッカーサー陸軍大将による二方面反攻作戦を後押しし、日本は眠れる巨人を起こしてしまったのだが、そこまで怒りの感情を引き起こさせず、米国による暴虐な反撃を招かなくてもすんだかもしれない。
  19. 日本は米反攻は限定的だと長年想定してきた。日本軍がフィリピンから米軍を駆逐する想定は実現した。米太平洋艦隊がフィリピン奪回のため遠征してくる想定だった。太平洋艦隊が聯合艦隊を戦力で上回っているは理解していた。したがって米海軍を分断化して日本海軍と同等にしておく必要があった。
  20. そこで日本海軍は「要撃作戦」構想を掲げ、航空機、潜水艦を太平洋外縁部の島嶼地帯へ配備し、米艦隊を小規模攻撃の連続で弱体化させてから主戦場に移動させようとした。決戦は清国やロシアとの決戦の再来で米艦隊残余勢力を西太平洋で一気に全滅させる構想だった。
  21. 日本海軍は中途で勢力を減衰させれば米海軍本隊の撃滅は可能と信じていたが、自国近辺で強力な敵勢力を相手に優位に立つのは困難だ。そこで米海軍の戦力を漸次奪う作戦が想定され、西太平洋に進出する米海軍に相当の代償を払わせようとした。
  22. フィリピン喪失の場合でも米国は合理的に行動していたはずだ。喪失はそのまま受け入れ、西太平洋から撤退し、日本の独壇場にする。日本は艦隊決戦せずに目的を達していたはずだ。
  23. そうなると真珠湾攻撃は戦略としては絶望的な誤りだったとわかる。真珠湾攻撃を避けていても欲しいものは全部あるいは一部手に入れていたはずだ。日本は長期的な戦略上の勝利と一時にすぎない戦果を交換してしまった。真珠湾内の米戦艦群への攻撃は「自滅行為」の開始にすぎなかった。
  24. それでも日本は真珠湾攻撃を実施してきた。理由はなんだろうか。
  25. その一部に日本指導層が以前の歴史に影響されていたことがある。歴史の記憶が海軍を支配していた。日露戦争は日本が先制攻撃して開戦となった。旅順港での魚雷攻撃は決定的な被害をロシア艦に与えられなかった。ロシア艦は要塞砲に隠れる臆病さを晒した。港外では東郷平八郎率いる連合艦隊の砲火が待ち受けていた。旅順港の戦史が真珠湾の前例として重要視された。先制攻撃は1904年同様に臆病な米司令官を怖じけつかせるはずだ。.
  26. そして対馬海峡海戦が日露戦争のクライマックスで鮮明に記憶に残っていた。ロシア皇帝はバルチック艦隊を極東へ派遣する命令を出す。英国がスエズ運河通過を拒否したため、艦隊はアフリカ経由でインド洋・シナ海を移動する。これで18千マイル遠回りとなり、その間に艦の点検修理はできなかった。東郷長官は対馬でロシア艦隊の到着を待ち受けていた。
  27. 日本は旅順港と対馬海戦の戦例から対米戦を構想した。とくに対馬の戦訓から迎撃戦術が練られ山本自身も同海戦を経験し、1941年の世界にそのまま持っていったのだ。結果として12月にハワイが空爆を受けたが、旅順港奇襲とは異なる威力を発揮したのは承知のとおりだ。
  28. 攻撃が誤った判断だったとしても日本は成果をむりやり生んでいる。日本帝国海軍が12月7日に取った戦術を見てみよう。旅順港奇襲時と明らかな相違がある。旅順は日本から黄海をへて中国沿海部にあるが、真珠湾は数千マイル彼方の地点だ。東郷時代の連合艦隊はロシア艦を攻撃して旅順港を封鎖できたのは近隣地に港湾を確保していたからだ。南雲機動部隊は燃料も乏しくハワイ近辺で長期作戦を維持する物資もなく、補給能力の限界を超えた作戦だった。
  29. 真珠湾攻撃はこの意味で旅順港襲撃とは違い一回きりの攻撃の性格が強い。両事例とも先制攻撃でありながら中途半端な攻撃に留まっている。1904年の日本艦隊はその後も攻撃を加えたが、1941年はできなかった。
  30. そのため、南雲部隊の航空兵力は太平洋艦隊の攻撃に集中した。ニミッツ提督がオアフに着任し太平洋艦隊の指揮を継承し、日本海軍が戦艦ばかり執拗に狙い、他の標的は手付かずという失態を犯したと気づく。米空母は当時海上にあった。空母が損傷を受けていれば大打撃だっただろう。だがニミッツは補給施設が無傷だったことを日本の失態とした。航空部隊が乾ドックを使用不能にしていれば損傷艦修理もままならかった。燃料廠も攻撃できたはずだ。
  31. 補給支援能力がなければ艦隊機能は喪失する。日本の作戦立案部門が賢く選択をしていれば主力艦ではなく艦隊施設を標的にしていたはずだ。乾ドック、燃料集積地、他給油艦、弾薬運搬船、駆逐艦、潜水艦、水上機母艦等だ。その場合は米反攻は相当遅れる結果となり、日本帝国は占領地強化に時間が稼げたはずだ。
  32. 戦時中の東條英樹首相は米海軍の洋上補給能力により戦闘艦艇が常時海上にあったことが太平洋での戦いの決定的要因だったとまとめている。同首相は処刑されたので、正しく天上からの証言だ。
  33. 真珠湾攻撃がなくても米国は太平洋で開戦していたはずと主張する向きがある。同盟国が攻撃を受けており、米国は名誉にかけて戦火を開いていたはずというのだ。たしかに日本軍はフィリピンを攻略していただろう。フィリピンは「南方資源地帯」から日本本国への航路の途中にあり、当時は米国領だった。米国の軍事拠点が経済生命線の途中に残ることは日本には許容できず、米国も自国領が攻撃を受けるのは甘受できなかった。
  34. これは否定しようがない。米大統領フランクリン・ローズベルトは英国との同盟関係を重視し、オランダトも同様だった。だが2つ考えるべきポイントがある。まず、フィリピンが攻撃されても太平洋での攻勢には米国内で支持が集まらない可能性があった。真珠湾攻撃の後に生まれた感情とは同等にはならなかったはずだ。
  35. つまるところ太平洋の戦いだけではなかったのだ。米国は英国の兄弟国として大西洋に目を向けざるを得なかった。ヒトラー率いるドイツとの戦いが第一だった。真珠湾攻撃や太平洋の戦いは二の次の問題だった。であれば日本には時間面で有利になっていただろう。
  36. 二番目に米海軍、海兵隊、陸軍が太平洋を西へ進軍開始しても日本は戦前構想で守備体制を整えていたはずだ。米軍はヨーロッパの戦闘に疲れて攻撃姿勢が中途半端だったかもしれない。
  37. 日本は各島の要塞化を強め、米軍は耐えがたい損害を受けていた可能性もある。米政府は和平交渉に応じ、日本は東アジアで不動の地位を固めていただろう。日本は戦前の戦争計画通りに自制心を示し慎重になっていたはずだ。要撃作戦はのるかそるかの先制攻撃より大きな戦果を上げていたはずだ。
  38. ではこの史実は今日の世界にどんな教訓を与えてくれるだろうか。まず、米国は西太平洋で75年にわたり残っているが、米海軍の補給線は怖くなるほど薄い。日本海軍が実施すべきだった補給能力への攻撃は今日も有効だ。敵の立場ならためらわず実施するだろう。中国やロシアが日本と同じ失態をするとは期待できない。
  39. 二番目に中国やロシアから大損害を受けても今日では短時間に戦力を再整備するのは困難だ。次期政権は350隻海軍体制を目指すとし、現時点の272隻を増強するとしている。だがまだ議会の承認した新造艦船は一隻もない。また建造可能数も多くない。1940年の両洋艦隊法案に匹敵する法案はまだない。強力な海軍力や合同部隊の必要性は強調すべきで、損傷を受けても戦い続ければ勝利が得られる。
  40. 三番目に次回の敵が日本帝国同様に無分別とは期待しないほうがいい。1956年にドワイト・アイゼンハワー大統領からジョン・フォスター・ダレス国務長官に「何もせずにそこで突っ立ってろ」と命じたと言われる。無行動が賢い戦略になる。昔ながらの方法が一番のこともある。行動しなくても良いのなら機会を無駄にすべきではない。
  41. 中国は日本と違い海軍力空軍力を自国周辺部に整備してアジアの秩序地図を書き換えようとしているようだが、米国主導のこの秩序が自由な海上交易を保障してきたのだ。狡猾かつ自己主張に長けた中国は戦争は避けようとしている。
  42. 中国は山本の事例を学んだ強敵だ。眠れる巨人を起こさず、起こしても決起させるべからず。時遅しとなるまで眠られせておく。さすれば勝利できる。真珠湾攻撃からの教訓を真剣に学んだのは中国だ。これに対して当方は今回もぬかりなく備えておくべきだ。これができれば75年前に命を捧げた先達は再び国に仕えることになる。
James Holmes is Professor of Strategy at the Naval War College and a recent recipient of the Navy Meritorious Civilian Service Medal. The views voiced here are his alone.
Image: USS Arizona burning after the Japanese attack on Pearl Harbor. Wikimedia Commons/Public domain



コメント

  1.  この論説は根本的な点で誤りを犯している。
     日本人は道理と仁義を重んじる民族であり、道義と法理に反する理不尽を米国に押し付けられた結果、忍耐の限界を超えて「切れた」のである。米国が当時の国際法にも人道にも反した決定と実施を行っていた事実を無視して分析してみても、何ら真実には近づかない。論評に値しない言説である。

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