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期待にこたえられなかった装備①米空軍初のジェット戦闘機P-80

  新シリーズ 「 期待にこたえられなかった装備」  世の中には想像図の域を超えられなかった装備は山ほどありますが、鳴り物入りで投入したのに想定した性能を超えられなかった装備は何が問題だったのか。どんな運用をされたのかをお伝えします。第一回はロッキードF-80シューティングスターです。   America's First Fighter Jet (Built to Fight Hitler) Was Sent to North Korea. It Ended Badly. 米国初のジェット戦闘機(対ヒトラー戦用)が北朝鮮上空に投入されたが散々な結果だった Sebastien Roblin March 8, 2018 http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/americas-first-fighter-jet-built-fight-hitler-was-sent-north-24802?page=show 1950年 11月8日、4機の直線翼機が中国国境近くの北朝鮮新義州の航空基地に降下を開始した。F-80シューティングスターが基地を機首の.50口径機関銃6門で襲撃するとたちまち黒煙が空に舞い上がった。 シューティングスター各機は数か月前に現地に到着し北朝鮮による全面侵攻に対応する手段とされていた。緒戦こそ大変だったが国連軍の反攻で情勢は逆転した。第51戦闘航空団のF-80は米軍占領下の平壌から発進し北朝鮮軍の生き残りを攻撃し、中国国境に迫っていた。 三回目の通過飛行をした後エヴァンス・スティーブンス少佐はウィングマンのラッセル・ブラウン中尉と高度20千フィートに上昇し残り二機の援護を務めた。突如としてブラウンが高高度に銀色に光る10機ほどのジェット戦闘機が中国国境からこちらに向かい飛ぶのを視認。無線で僚機に攻撃中止を伝えた。MiG編隊がこっちにやってくる! 直後に史上初のジェット戦闘機同士の空中戦が生まれた。だが米軍機は相手より低速機だった。 ナチ新鋭ジェット機の対抗策として急きょ開発  米国はじめてのジェット機ベルP-59エアラコメットは1942年10月初飛行で60機生産されたが実戦配備されなかったのは初期ターボジェットが信頼性乏しく最高速

世界最後のT-33が退役

T-33は原型P-80が第二次大戦中の機体なので長寿命機になりましたね。しかしこれで現役機体は見納めです。航空自衛隊は2000年まで供用していたのですか、大事に使いましたね。 Bolivia retires last T-33s trainer/attack aircraft, announces replacement ボリビアが最後に残ったT-33練習攻撃機をついに退役させ、後継機調達を発表 Daniel Wasserbly and Jonathan R Olguin - IHS Jane's Defence Weekly 01 August 2017 http://www.janes.com/article/72765/bolivia-retires-last-t-33s-trainer-attack-aircraft-announces-replacement ボリヴィア空軍(FAB)がロッキード/カナデアT-33で最後に残っていた4機を7月31日に退役させた。同機はFABの主力ジェット練習機兼軽攻撃機として44年間供用された。 ボリヴィアのT-33Mk3機材はカナダから1973年に購入しその後フランスからも導入した。2000年代初頭にカナダ企業が完全修理の上装備を近代化し供用期間を15年延長していた。同機種で最後まで運用された。 18機がデジタル式エイビオニクスなど近代化を受け、9機が2015年末まで運用されていた。重要部品が調達不可能となり早期に退役している。 7月31日の退役式典でボリヴィア大統領エヴォ・モラレスは「T-33でパイロット多数が養成され」て同国は「腕をこまねいたままでいられず引き続き装備品を軍に調達していく」と語った