芝生刈り戦略:イスラエルはパレスチナとの戦いは終わりがないと見ている。
イスラエルは政治的な解決に幻想を持たず、「芝生刈り」は永遠に続くと見ている。これは正しいだろう。しかし、芝刈りは単純に永続させるものではなく、それ自体が永続するのだ。
2021年5月21日、イスラエル対ハマスの戦いは11日目にして停戦となった。ハマスはガザ地区を事実上統治し、4,300発ものロケットがイスラエルに発射されたが、ガザには精密誘導爆弾が投下され、高層ビルや地下トンネルが破壊された。
停戦前にイスラエル政府筋からイスラエル首相ベンジャミン・ネタニヤフが攻勢を長引かせようとしているとの話があった。空爆を毎日続ければハマスの行政組織や軍事施設を破壊できるからで、ハマスは2014年の前回の対決後に仕組みを整備してきた。
ジェルサレムポスト紙にEfraim Inbar・Eitan Shami両名が2014年書いた記事にあるように、イスラエルの戦略専門家は戦争を「伸びた芝を刈る」と表現しており、長期消耗戦を覚悟し、政治解決は不可能と見る傾向がある。ハマスのロケット攻撃はエルサレムで発生した事件に対応したもので、イスラエル国防軍(IDF)にとって同集団の指導層含む構成要員を排除する好機となり、同時に同集団の資産や施設を排除できると、2014年、2008年の事例を思い起こしていただろう。
このことを下敷きにするとイスラエルにとってパレスチナ勢力との唯一の解決策は戦闘の永続だ。
30年で3回の戦争
ハマスが発射したロケットの大部分は目的地に到達できず、あるいはイスラエルのアイアンドーム防衛システムで迎撃されたものの、イスラエル市民に12名の死者が発生し、イスラエル国内のインフラにも被害があちこちに生まれた。ガザ郊外でIDF隊員一名が対戦車ミサイルがジープに命中し死亡した。
一方でF-16やF-35が投下した精密爆弾でハマスの地下トンネル網が広範に破壊された。海上突撃隊が舟艇と合わせ撃滅された。ハマス内務省も破壊された。だが、ハマスが保有するといわれる14千発ものロケット弾備蓄がどれだけIDFにより減ったかは不明だ。
誘導ミサイルがハマス首脳部の邸宅を粉砕し、家族ともども殺害した。ガザ唯一の新型コロナ検査ワクチンセンターも破壊されたほか、重要な塩水淡水化プラントも破壊され、下水道系統や病院数か所も破壊された。合計243名がガザで死亡し、うち100名が女性、こどもだった。
今回の対決はイスラエルにとっては対ハマス戦として12年で三回目となり、あるいはパレスチナ勢力とは2000年9月に発生した第二インティファーダ以来5回目の戦役となった。
2006年から2007年にかけ、米国がテロ集団と認定したハマスはガザ地区の支配を強め、選挙に勝利し、中道派ファテ党を権力闘争で排除した。
人口密度が世界で三番目に高い同地には200万人を超えるパレスチナ住民が暮らし、うち7割はイスラエルからの難民だ。イスラエルはガザの封鎖を実施し、ロボット技術を応用した警備銃まで投入した。これでユダヤ人居住区を狙う襲撃事件や誘拐案件は減ったが、ガザ住民は就業機会を失い、ヘルスケアも悪化し、貧困と生活水準悪化が発生した。
2008年から2009年にかけての冬にIDFは空爆作戦を開始し、限定地上侵攻をガザにかけ、ハマスのロケット発射とトンネル構築に対抗した。戦闘は三週間続き、ガザ住民1,100ないし1,400名(ほぼ半数が一般住民)、イスラエル側に13名(うち3名が一般市民)が死亡した。
2014年7月にIDFはガザ空爆と地上侵攻を開始した。これはロケット発射とあわせイスラエル青年3名の誘拐殺害に呼応したもので、ハマスはトンネルを使う移動戦術を巧みに使いイスラエル軍に多大な損害を与えた.(戦死67名)しかし、ガザ住民は2,100名から2,300名が死亡し、そのうち三分の一ないし三分の二が一般住民だった。イスラエルのアイアンドームはハマスが発射したロケット1,700発の威力を減じたが、イスラエル市民6名が死亡した。
IDFの芝刈り作戦による人的被害は(ハマスのロケット攻撃、自殺爆発事件、誘拐事案に対する)自衛権を根拠としており、概して受容されている。ハマスの原理主義的反抗傾向、長年にわたるテロ暴力、反ユダヤ主義もこうした自衛権の根拠となる。
だからといって紛争につきものの倫理問題を回避できるだろうか。ハマスによるイスラエル住民への無差別攻撃は非難されるべきだ。だが、IDFの精密誘導爆弾がハマス首脳部の居住住宅を攻撃し家族を巻き込み殺害しているが、ハマスのロケット攻撃とどちらが一般市民を多く殺しているのだろうか。
都市部に本拠地をおく戦闘員組織は民間人に紛れて敵軍の攻撃を回避するが、無事に生き延びようとしているわけではない。IDFは報復攻撃の際に一般市民を巻き込まずに攻撃を実施しようとする。
IDFは「芝刈り作戦」をハマス等相手に無限に続けられる、政治解決に頼るの不要と自信を有しているとすれば正確さを欠く。芝刈りは単純に永続させるものではなく、それ自体が永続するのだ。
58千人ともいわれるガザ住民が2021年5月の戦役で住処を失った。この記憶はイスラエルによる迫害として残り、ハマスの暴力戦術を正当化する心情をつよめそうだ。報復を誓う新たな世代のハマス戦闘員が生まれるのには十分な土壌となる。
戦闘技術は常に進化しており、優勢な武力にいつまでも安住するのは誤りといえる。IDFの敵対勢力は1973年以来、1982-85年、2006年、2014年とIDFに敗れたものの新戦術を採用する能力があることを実証している。
さらに、戦闘が再発することで不安定な状況が副次的に生まれた。今回の衝突の背景にイスラエル国内のアラブ住民があり、イスラエル社会に統合されているものの、抗議の声をあげ、暴動し、街頭で騒動を起こしたのは右派イスラエル国民に対していてであり、ロディでは二名が死亡し、シナゴーグ三か所が放火された。国益を優先し、武力行使を前提としたことで今まで平穏だったイスラエル社会が崩壊してしまった。
イスラエルの対外関係にもひびが入った。イスラエル外交はバーレーン、モロッコ、アラブ首長国連邦との平和条約により高まっている。経済ビジネス上の機会が生まれ、パレスチナ住民の重要性は減じた。しかし、この変換点が可能となったのはあくまでも上記三国がイランへの憎悪で共通しているからであり、トランプ政権が鼻の先につるした高性能軍事装備品や外交上の贈り物の効果でもある。
現実を見ると、平和条約が成立したといってもアラブ世界の大部分が反対しており、極めて脆弱な存在だ。つまり、イスラエルの行動いかんにでは正常化した関係もアラブ指導層の逆鱗に触れ消えてもおかしくない。
二国家共存構想の先にあるもの
イスラエル、パレスチナ間にはこの十年で「平和プロセス」が存在しなかった。イスラエル政治家はパレスチナ地区での入植拡大を支援し、ナショナリスト基盤を意識することが多い。パレスチナ側は分断されたままで、パレスチナの指導者マームド・アバスのような中道派は政治的に無力にされている反面、ハマスのような過激主義勢力が対イスラエル戦をうたい、支持を集めている。その結果がいかに不毛であっても関係ないのだ。
双方で反対勢力対策に労力を費やすより戦闘に次ぐ戦闘が手っ取り早い解決方法になっている。
多分、イスラエル-パレスチナ平和共存構想以外の選択肢を検討すべきときなのだろう。イスラエル入植地の拡大とわせパレスチナ側の統治機能の弱体化により同構想はすでに破綻したとみる専門家も一部に出てきた。ではどんな構想があるのか。イスラエルを多民族国家として再出発させ、パレスチナ住民に市民権、投票権を与える、あるいは自治政府を認め連邦制度にする案がある。
イスラエル=パレスチナ間の憎悪の深さをみれば、こんな措置は非現実的といわれそうだが、妥協と共存が不可能にみえてきたのが原因だ。であれば基本戦略は芝刈りに戻り、戦争は永遠に続きそうだ。■
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Mow the Lawn: Israel’s Strategy For Perpetual War With the Palestinians
May 22, 2021 Topic: Israel Region: Middle East Blog Brand: The Buzz Tags: IsraelPalestineHamasGazaWarMilitary
Sébastien Roblin holds a Master’s Degree in Conflict Resolution from Georgetown University and served as a university instructor for the Peace Corps in China. He has also worked in education, editing, and refugee resettlement in France and the United States. He currently writes on security and military history for War Is Boring.
Image: Reuters.
芝生はいつも刈らないと無茶苦茶になります。あまりにも我々はイスラエル、パレスチナの絡み合った現状、その背景を知らないまま、暴力反対と言っているだけではないでしょうか。しかしながら我々ももう少し勉強したり、関心を持つことでこの地区の未来をデザインする一助ができるのではないでしょうか。一方が善、他方が悪という単純な構造ではないはずです。やたらとイスラエルを乱暴な国と非難しがちな傾向が日本では見られますが、その論理や行動を知れば知るほど感銘を受けるところが大きいです。イスラエルが強いことで秩序が保たれるのではないでしょうか。
ユダヤ民族の国家と考えるイスラエルは、周辺国家や他民族と良好な関係を築くのが難しい。もしできたとしても、政治的野合か、便宜的なものであり長続きしない。
返信削除なぜなら、多民族で八百万の神々の融合体である日本と異なり、ユダヤ民族は単一宗教で単一民族であろうとし、他者を理解し、認めようとせず、他民族と融和することができないからである。
このため約2000年前、多民族・多宗教融和のローマ帝国と絶望的な戦争を起こし、国家崩壊の憂き目を見ることになった。そして現在もユダヤ民族の他者に対する基本姿勢は変わってはいない。
欧米は、親イスラエルであるが、それはユダヤ民族が政治経済的に大きな影響力を持ち、また、特に欧州におけるユダヤ虐殺の負い目が欧州人にあるからだ。しかし、このような欧米のユダヤ民族に対する認識は、時代の流れで変わり、再度の迫害が起きる可能性が無いとは言えないであろう。
イスラエルは国家であり、他民族の国民も受け入れるべきであるが、最近のイスラエルの政策は、他民族国民を二等国民に落とし込めている。これでは、国内も、パレスチナ問題も解決に程遠い。トランプが推し進めてきた中東NATO構想も政治的野合に終わり、瓦解する可能性が高いだろう。
本ブログの「イランとイスラエルの緊張が高まる際には…(2012/5/15)」でもコメントしたが、核戦争によるイスラエルの第2のディアスポラが起きないように、イスラエルは賢明な政策を進めるべきだ。しかも早急に!
訂正 上記「イランとイスラエルの緊張が高まる際には…(2012/5/15)」は、2021年であり、「イランとイスラエルの緊張が高まる際には…(2021/5/15)」です。失礼しました。
削除>芝生はいつも刈らないと無茶苦茶になります。
返信削除刈り取られる芝生に「空爆で死傷した数百人の女子供」が含まれるなら、それこそ恐ろしい話で、ムチャクチャです。カッコつけて言う言葉じゃない。
どんなゴールを目指すにせよ、手段として一般市民の殺傷が許されるはずもなく、これを維持し続けるのは紛れもなく「悪」でしょう。