スキップしてメイン コンテンツに移動

極超音速機オーロラの噂は真実だったのか、それとも...これまでの経緯を振り返ってみた

 


「オーロラ」と呼ばれる極超音速機の噂は1980年代から航空界に浸透しているが、証拠は依然まばらなままだ。米国は1980年代にマッハ5以上の航空機を開発・運用できただけでなく、今日に至るまでその秘密を守り続けてきたのだろうか?



「ブラック・プログラム」と呼ばれるように、国防総省は先端技術の機密開発に資金を提供してきた長い歴史がある。現在、秘密裏に行われているのは、特別アクセスプログラム(SAP)と呼ばれるもので、最高レベルのセキュリティクリアランスを持つ者でも情報の流通が制限される。また、SAPの中には、完成から数年経っても完全に明らかにされないものや、全く明らかにされないものもある。

 歴史的なメディア報道、機密解除文書、目撃者の証言、そしてフォーラムの投稿から、米国が極秘の極超音速航空機を持っていた可能性は極めて低いようだ... しかし、だからといって、エリア51の巨大なハンガーに何かが暗躍していなかったわけでもない。


編集部注:この記事のために素晴らしいオーロラのアートワークを使用してくれた友人のRodrigo Avellaに大感謝です。彼の作品はこちら、またはInstagramでフォローしてください。.


グルーム乾湖の底にある「エリア51」 (Google Maps)


 大量生産し戦闘投入できるまで成熟し、信頼性の高いテクノロジーと、手の届く範囲にあっても経済的、資源的、あるいは政治的な観点で持続不可能な最先端テクノロジーの間には、大きな隔たりがある。

 簡単に言えば、iPhoneは、最新型であっても、現在世界で最先端のスマートフォン技術ではない。今の機種は、ターゲットの価格帯と消費者のため大量生産できる技術に過ぎない。実際の最新・最高の通信技術は、間違いなく指数関数的にコストが高く、信頼性に欠ける可能性があるからこそ、心を動かすものがある。

 航空機も同じ形で進歩している。20億ドルで素晴らしい航空機を作ることができるかもしれないが、翌週から生産ラインを立ち上げられるとは限らない。技術実証機、プロトタイプ、エキゾチックな航空機の少量生産は、ロッキード・マーティンのパームデール工場やファンが多いエリア51など制限された施設では当たり前のことと考えられているだけでなく、検証可能な事実でもある。

 時には、意図した成果が得られないこともある。高価であったり、メンテナンスが大変であったりと、納得のいく結果が得られないこともある。そして時には...アメリカの秘密は文字通り砂漠に埋もれ、二度と語られることはない


(Lockheed Martin)



ロッキードのSR-71ブラックバードは、史上最速のジェット機であり、偵察機として使用された期間中に4,000発以上のミサイルを凌駕したことで有名だ。マッハ3超の速度を何時間も維持できるため、最新鋭の地対空ミサイルシステムや高性能の迎撃戦闘機でさえ、迎撃は不可能に近い。そのため、1980年代後半に空軍が大成功を収めた(そして同様に高価な)SR-71を退役させたとき、ほとんどの人は、アメリカにはさらに高速で高空を飛ぶ代替機がすでに存在しているからだと単純に考えていた。

 その推測は間違ってはいなかった。国防総省や議会では、ブラックバード後継機について十分な議論が交わされていた。数十年たって、反論の余地のない事実が、仮説に基づいた物語の周りにねじ曲げられ、オーロラの背後にある真実を調査しようとすると、その他の実在または想像上の機密プログラム(現在も続いているものも含む)への言及という曲がりくねった回廊を必然的にたどることになる。



ロッキード・マーチンSR-72の完成予想図



 オーロラは、ロッキード・マーチンが極超音速兵器開発競争の開始前に大々的に宣伝していたSR-7を彷彿させる三角形の極超音速航空機だとの噂が常にあった。

 当時はすでに人工衛星が情報収集に大いに役立っていたが、SR-71の退役後も空からの偵察のニーズはあり、現在もそのニーズは続いている。実際、SR-71は1990年代、国家偵察ニーズに応えるため、一時期退役を延長していた。多くの人は、空軍が後継機を用意せずに、SR-71を手放すわけはない考えた。それはある程度正しかったのかもしれない。



エリア51上空を高高度飛行するオーロラのレンダリング画像


 オーロラと関連づけられることが多い時系列に、極めて高速な航空機がテスト飛行していたと示唆する証拠がある。

 1992年4月の2回(5日と22日)、スティーブ・ダグラスというジャーナリストが南カリフォーニアの軍用機チャンネルをモニターしていたところ、非常に珍しい無線のおしゃべりを耳にした。ダグラスによると、コールサイン 「ガスパイプ 」の航空機が近くのエドワーズ空軍基地から航空管制官と連携し、彼が聞いたところでは、そのジェット機は極端な高度と速度で飛行していたという。

 管制官はパイロットに「そちらは6万7000フィート、81マイルの地点にいます」と告げ、しばらくしてこう続けた。「76マイル、36,000フィート。グライドスロープ上だ」。

 67,000フィートからの侵入は、ダグラスが無線通信を記録した日に飛行していないことが確認されたSR-71とU-2を除き、アメリカの固定翼機すべてを排除することになった。Aviation Week and Space Technologyの編集者であるウィリアム・B・スコットは、2010年にスミソニアン誌のためダグラスの録音を分析し、それが本物であると確信した。これは、1992年にスペースシャトルがエドワーズに極秘着陸したと空軍が嘘をついているか、「ガスパイプ」が何らかの高速機密航空機に違いないことを示唆している。



スペースシャトルは極秘任務も遂行した. (NASA photo)


 1992年8月、防衛専門誌として定評のある「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」のビル・スウィートマンらが、米国地質調査所の地震学者が南カリフォーニアのサンゲイブリエル・バレー付近で高高度超音速機のソニックブームに一致する揺れを記録していることを明らかにした。しかし、ダグラスが録音したラジオの音声は、日曜日と水曜日のものだった。

 カリフォルニア工科大学の地震学者ジム・モリは1992年にLAタイムズ紙に「私が言えることは、音速の数倍の速さで大気中を概ね北東方向に移動しているものだということだ」と語った。

 スウィートマンは、報告されたソニックブームは、アメリカで供用中の航空機と一致しないと主張した。

「既存航空機の音にしては速すぎる」と彼は言った。



オーロラの想像図 (Wikimedia Commons)


 スウィートマンは、ソニックブームがグルーム湖(通称エリア51)でテスト中の機密航空機から発生しているのではないかと考えたが、空軍が否定した。しかし、ジェーン報道のちょうど1ヶ月前に、「エイビエーション・ウィーク・アンド・スペース・テクノロジー」は、カリフォーニア州北部のビール空軍基地近くで、2機のF-117ナイトホークがKC-135給油タンカーと編隊を組んで飛行する菱形の照明を持つ珍しい航空機の目撃情報を報告している。Aviation Week誌の目撃報告によると、この珍しい航空機は編隊に加わった後、すぐに外装の照明を消し、そのエンジンは「大きなチューブの中を空気が駆け抜ける」ような独特の音を発していたとのことだ。ビール空軍基地はサンゲイブリエルバレー(ロサンゼルス近郊)からかなり北にあるが、それでもグルーム湖から約320マイルしか離れておらず、マッハ5で移動すれば約5分と思われる。

 オーロラに関連する他の報告には「ドーナツ・オン・ア・ロープ」と呼ばれる珍しい飛行機雲の写真がある。蒸気跡の奇妙な外観から、オーロラは高度なパルスデトネーションエンジンと推測されているが、その概念は精査に耐えるものではない。2008年、空軍研究本部は、4種類のPDEパイプを1秒間に20回ずつ発射するエンジンで、時速120マイルを達成した初の(既知の)PDE機を製造し飛行させた。この航空機は、皮肉にも「ボレアリス 」と名づけられた。


2008年に飛行したPDE搭載のLong-EZ「Borealis」(Air Force photo)


 極超音速を達成するためには、PDEを文字通り毎秒数千回発射しなければならず、どんな種類の「ドーナツ」でもその間隔は地上から見るには小さすぎる。その代わり、もし「オーロラ」あるいはそれに類するものが実在するなら、1992年にスウィートマンがワシントン・ポスト紙で提唱した液体メタン複合サイクルラムジェットあるいはスクラムジェットの方がはるかに現実的だろう。

 これらの報告は、オーロラが極超音速技術の実証機であり、実用機の基礎を目指したプログラムであった可能性を示唆している。しかし、オーロラに関連する最も古い目撃情報は、その3年ほど前に、まったく別の大陸で報告されているのだ。



クリス・ギブソンの目撃情報から作成した画像 (Twitter)


 1992年、今や悪名高いエリア51の近辺でテスト中の高速航空機らしきものが目撃されたという報告は、アンクルサムがグルーム湖からエキゾチックな機体を飛ばしているという妥当な結論に至らしめた。しかし、1989年に始まった英国での一連の目撃談は、全く異なる物語を提供する。この報告を信じるのなら、1992年のアメリカでの目撃は、テスト中の新型機ではなく、実戦で使用される機体の飛行であったということになる。国民の目から隠された実戦機の飛行であった。

 1989年8月、スコットランドの石油探査技術者クリス・ギブソンが、北海の石油掘削基地で、2機のF-111と編隊を組み、KC-135から給油する二等辺三角形の航空機を目撃したと報告したのが、最も有名な英国での目撃例だ。ギブソンはただの航空ファンではなく、遠距離から航空機を識別することに長けた訓練された飛行場監視員だった。

 「この飛行機が『怪しい』ものであることは明らかだった。編隊を1、2分見て中に戻った」と、後にギブソンはディスカバリー・チャンネルに語っている。

「当時、私は航空機の認識マニュアルを書いていて、ブリーフケースの中にデンマークのLuftmelderkorpset Flykendingsbogが入っていた。これはおそらく、これまでに作られた航空機認識本の中で最高のものだ。私はそれに目を通したが、一致するものはなかった。そして、私が見たものをスケッチして、ROC(英国王立監視団)のグループオフィサーで、認識チームのピーター・エドワーズに送りました」。



オーロラの想像図 (Global Security)


 8年後の1997年、イギリスの航空雑誌「Airforces Monthly」は、1994年9月26日にイギリスのエームズベリーにあるボスコム・ダウン飛行場の23滑走路から離陸したアメリカのオーロラ(記事ではアストラとも呼ばれる先進ステルス偵察機、AV-6)が衝突したとする記事を発表した。

 同誌編集者のデビッド・オリバーは、この記事は英空軍の情報源と匿名目撃者を引用して、調査に2年かかったと主張している。それによると、英国のエリート特殊空挺部隊(SAS)のオペレーターがすぐに現場に到着し、機体は防水シートで覆われた。

 その2日後の9月28日には、格納庫に覆われて保管されていた残骸を米国に運ぶため、米国のC-5貨物機がボスコム・ダウンに到着したとされている。

 この事件についての問い合わせに、英国防省も米国防総省もフィクションだと否定している。



Aurora image courtesy of Rodrigo Avella — follow him on Instagram.


オーロラ・プログラムの議論には、必ずと言っていいほどお金の問題が絡んでくる。米軍は世界最大の予算を持っているが、同時に最も広範囲な義務を負っている。第二次世界大戦後の米軍はヨーロッパを守るため重要な役割を担ってきた。また、世界中の航路を安定させる存在であり、潜在的な敵への抑止力を維持するために革新を絶えず続けなければならない。そのため、国防総省には膨大な資金があるが、十分とは言えない。

 海軍の水上艦隊の一部を売却したり、空軍に運用コストの高い最新のステルス機ではなく、F-15EXのような新しい第4世代戦闘機を購入させるなど、困難で不人気な決断を迫られることも少なくない。公に開示された、あるいは秘密にされた会計費目から数十億ドルを取り出そうとしているなら、誰かに気づかれる。しかし、インターネットは、どうやらちがうことに気づいたようだ。

 オーロラについてネット上で最もよく引用される事実のひとつは、1985年の1987会計年度の支出を予測する文書の中で、機密扱いの航空機群製造のための4億5500万ドルの一項目として明らかにされたというものである。

この話は1990年にAviation Week誌が報じたものと思われる。しかし、この話を繰り返している報道機関がリンクしている長い引用の列を調べてみると、これは正確ではないようだ。オリジナルのAviation Week誌記事はオンラインでは公開されていないが、数字を最も古い公開元までさかのぼると、ほとんどの報道機関が、オーロラ計画とされるものに関連する開発を一覧にした、黒地に茶色のテキストの「オーロラ・タイムライン」ページを引用していることに気づく。同ページは2009年に削除されたが、インターネット上のアーカイブでアクセスできる。



 しかし、1985年の予算案は、実際にあったのだ。よく引用されるAviation Week誌記事の5年前に、少なくとも2つの報道機関がリアルタイムで1985年の予算案にオーロラが含まれていると取り上げている:LAタイムズ紙と南フロリダ州サンセンチネル紙である。この報道に基づいて、「オーロラ」に関連する数字は4億5500万ドルよりもかなり高いものであった。

 サンセンチネル紙は、この数字を裏付け、ペンタゴンが、当時年間9億ドルから10億ドルと見積もられていたB-2スピリットよりも多くのコストがかかると予想される秘密プログラムを進めていたことを示唆しているようである。

 しかし、この話にはまだ続きがある。オーロラは確かに調達プログラム文書の高価な項目として登場したが、同文書は提案書に過ぎない。翌年、1987年度の国防予算案が議会に提出されたが、オーロラもその数十億ドル支出も含まれていなかった。つまり、オーロラは、それが何であれ、一銭も受け取っていないようなのだ。

 オーロラに関する真実は、1994年、F-117ナイトホークの開発を指揮したロッキードの元スカンク・ワークスのベン・リッチが出版した著書『スカンク・ワークス』(ロッキード時代の回想録)で明らかになったようである。リッチ氏によると、悪名高い「オーロラ」の項目は、実はステルス爆撃機コンペティションの資金であり、最終的にノースロップが勝利したのだという。



B-2 Spirit (U.S. Air Force photo)


「スカンク・ワークスに割り当てられた極秘プロジェクト、つまりアメリカ初の極超音速飛行機を作る噂が浮上した」とリッチは書いている(共著者レオ・ジャノスとの共著)。

 「オーロラはB-2コンペの資金調達のためのコードネームであったにもかかわらず、その話は今日まで続いている。私の言うことを信じるメディアは少ないと思いますが、極超音速機のコードネームは存在しません。単に存在しないのですから」。

 B-2スピリット生産の議会承認は1987年に下され、リッチの気持ちを立証したかのようだが、その資金が競争用であった可能性は低いようだ。B-2調達に関する政府会計局の1995年報告書によると、B-2プログラムが優先順位の変更を余儀なくされたのはこの時期である。

「ほぼ同時期に、B-2の任務の重点は、核兵器を主として運搬する戦略爆撃機から、精密誘導弾を運搬できる通常爆撃機へと変更された」。("B-2 BOMBER: Status of Cost, Development, and Production," United Staes Government Accounting Office - August 4, 1995.)

 1987年度予算にはオーロラは含まれておらず、また23億ドルが単に他のプログラムにシフトされた、あるいは複数プログラムに分散されたことを示す予算総額もなかったため、このコストは予想されていたかもしれないが、大部分は回避されたようである - しかし、頭痛がないわけではない。同じ1995年の文書によると、B-2が1997年までに就役する準備が整わないという差し迫った懸念があり、問題の一つとして強調されたのが、この資金シフトであった。

 「テストの進捗は計画より遅れている。試験プログラムは1997年7月に完了する予定であるが、完了すべき試験とそのために必要と思われる時間についての我々の分析では、1997年7月までの完了は楽観的であることを示している」。「B-2の任務が核から通常兵器に重点が変更されたことにより、B-2への精密通常兵器の統合の必要性が高まった」。("B-2 BOMBER: Status of Cost, Development, and Production," United Staes Government Accounting Office - August 4, 1995.)

 これは、1985年文書にあるオーロラの項目が、B-2の役割の変更に関する懸念に対処するためのものだったと確実に結論づけるには十分ではないものの、同名の極超音速攻撃機や偵察機に資金提供することを目的としていなかったことは明らかであろう。



Aurora image courtesy of Rodrigo Avella — follow him on Instagram.


 1980年代から90年代にかけて、米国が「オーロラ」などの名称で極超音速の偵察機や攻撃機を運用していた可能性は極めて低いようだ。米国は、オーロラ計画に長く携わってきた先進的な推進システムに多額の投資を続けてきたことは明らかだ。超音速燃焼ラムジェット(スクラムジェット)は、一般的にオーロラに関連するエンジンシステムとされるが、もしこれらのシステムが1980年代に実用機用に成熟していたなら、米国が極超音速ミサイルやドローン用途のスクラムジェット開発に文字通り数十億ドルを2016年から投じることだけでも異常だと思われる。

 同様に、航空機をマッハ5、6、8(いずれもオーロラによく起因する速度)を超える速度に確実に押し上げることができる実用的な推進システムがあれば、空軍がパルスデトネーションエンジンやローテーションデトネーションエンジンのようなエキゾチックな高速推進システム開発に多額の投資を続けているとは考えられない。今週、空軍はロッキード・マーチンからプラット&ホイットニーに至るまで、アメリカの次世代戦闘機用の強力かつ効率的なエンジン開発のため、約50億ドルの契約を締結したばかりだ。

 たとえ巨額の資金があっても、『トップガン』が映画館で上映されていた頃にすでに稼働していたシステムよりも進んでいないテクノロジーに、アメリカが何十億ドルも注ぎ込み続けるとは思えない。


しかし...かなり大きな問題がある...

技術実証機を作る開発プログラムと、運用に供される航空機の間には、大きな違いがある。この違いは、2020年にウィル・ローパー空軍次官補(取得・技術・兵站担当)が、空軍の次世代航空優勢(NGAD)プログラムに関連する「実世界におけるフルスケール飛行実証機」をすでに製造し、テストしたと報道陣に語ったときに浮き彫りになった。多くのメディアは、戦闘機そのものが開発段階に達したことを意味するかのように報じたが、デモ機はシステムの機能を実証するだけでよく、量産型プラットフォームと類似している必要はない。

 Tyler Rogoway氏がここThe War Zoneで指摘したように、ノースロップのステルス技術デモ機タシットブルーTacit Blueは、B-2スピリットの低視認性能力開発で重要な役割を果たした。しかし、この両機を見ても関連性は思いつかないだろう。



ノースロップのタシット・ブルー技術実証機(上)とB-2スピリット(下)


つまり、オーロラが極超音速機として運用されていたとは考えにくいが、グルーム湖の吹きさらしの滑走路から様々な実験機、試作機、技術実証機が運用され、アメリカ南西部の上空で目撃されていなかったとは限らない。1980年代は冷戦が続いており、アメリカは先進的な防衛計画に資金を投入していた。

 前述のタシット・ブルーが公表されたのは、最終飛行から10年近く経ってからだった。ボーイングのバード・オブ・プレイ技術実証機は、公開7年前にエリア51の上空を飛行していた。このように考えると、グルーム湖周辺では20年以上にわたり、先進的な推進システムから新型ステルス技術まで、各種テストが行われていたことがわかる。エリア51には、格納庫に格納されている機体や、保管スペースが限られているため砂漠に埋められた機体など、いまだ公開されていない機体が多数存在すると広く伝えられている。



1996年から1999年までエリア51で運用されたバード・オブ・プレイのステルス技術実証機は、ボーイング社の自己資金で開発された。(U.S. Air Force photo)


「オーロラ」と名付けられたアメリカの極超音速機の話は、1985年時点で広く流布しており、その4年後にクリス・ギブソンが北海上空を飛ぶ本物を見たと主張することもできる。あるいは、その数ヶ月前に公開されたばかりで、その後何年も広く誤解され続けたF-117も、彼が目撃した黒い三角形の可能性があると主張する人もいるかもしれない。B-2スピリットはギブソン目撃のわずか1ヶ月前に初飛行したため、大西洋を横断する可能性は極めて低いが...それでも、資金やロジスティックの痕跡さえない、まったく別の極超音速の黒い三角形機よりは可能性があるように思える。

「オーロラ」という言葉に対する熱狂は、アメリカ上空で実験中のさまざまな異常な航空機の目撃情報をひとまとめにし、最終的に他の場所からの目撃情報も含めて、一つのキャッチオールな言葉として提供されてきたようだ。なお、ギブソンが目撃談を発表したのは1992年だ。

 「オーロラ」と呼ばれる極超音速機伝説は、おそらく単なる伝説にすぎないが、関連する目撃談や、それに含まれるとされるエキゾチックな技術、そうした計画にまつわる秘密がフィクションであると断定できないのだ。

 オーロラは実在しないかもしれない。しかし、グルーム湖そばの砂に埋もれたどこかに、もっと大きな秘密が隠されているかもしれない。■


WAS AMERICA’S AURORA HYPERSONIC AIRCRAFT REAL? WE GET TO THE BOTTOM OF IT

Alex Hollings | August 25, 2022

https://www.sandboxx.us/blog/was-americas-aurora-hypersonic-aircraft-real-we-get-to-the-bottom-of-it/


Alex Hollings

Alex Hollings is a writer, dad, and Marine veteran who specializes in foreign policy and defense technology analysis. He holds a master’s degree in Communications from Southern New Hampshire University, as well as a bachelor’s degree in Corporate and Organizational Communications from Framingham State University.


コメント

このブログの人気の投稿

フィリピンのFA-50がF-22を「撃墜」した最近の米比演習での真実はこうだ......

  Wikimedia Commons フィリピン空軍のかわいい軽戦闘機FA-50が米空軍の獰猛なF-22を演習で仕留めたとの報道が出ていますが、真相は....The Nationa lnterest記事からのご紹介です。 フ ィリピン空軍(PAF)は、7月に行われた空戦演習で、FA-50軽攻撃機の1機が、アメリカの制空権チャンピオンF-22ラプターを想定外のキルに成功したと発表した。この発表は、FA-50のガンカメラが捉えた画像とともに発表されたもので、パイロットが赤外線誘導(ヒートシーキング)ミサイルでステルス機をロックオンした際、フィリピンの戦闘機の照準にラプターが映っていた。  「この事件は、軍事史に重大な展開をもたらした。フィリピンの主力戦闘機は、ルソン島上空でコープ・サンダー演習の一環として行われた模擬空戦で、第5世代戦闘機に勝利した」とPAFの声明には書かれている。  しかし、この快挙は確かにフィリピン空軍にとって祝福に値するが、画像をよく見ると、3800万ドルの練習機から攻撃機になった航空機が、なぜ3億5000万ドル以上のラプターに勝つことができたのか、多くの価値あるヒントが得られる。  そして、ここでネタバレがある: この種の演習ではよくあることだが、F-22は片翼を後ろ手に縛って飛んでいるように見える。  フィリピンとアメリカの戦闘機の模擬交戦は、7月2日から21日にかけてフィリピンで行われた一連の二国間戦闘機訓練と専門家交流であるコープ・サンダー23-2で行われた。米空軍は、F-16とF-22を中心とする15機の航空機と500人以上の航空兵を派遣し、地上攻撃型のFA-50、A-29、AS-211を運用する同数のフィリピン空軍要員とともに訓練に参加した。  しかし、約3週間にわたって何十機もの航空機が何十回もの出撃をしたにもかかわらず、この訓練で世界の注目を集めたのは、空軍のパイロットが無線で「フォックス2!右旋回でラプターを1機撃墜!」と伝え得てきたときだった。 戦闘訓練はフェアな戦いではない コープサンダー23-2のような戦闘演習は、それを報道するメディアによってしばしば誤解される(誤解は報道機関の偏った姿勢に起因することもある)。たとえば、航空機同士の交戦は、あたかも2機のジェット機が単に空中で無差別級ケージマッチを行ったかのように、脈絡な

日本の防衛産業が国際市場でプレイヤーになれるか試されている。防衛面の多国間協力を支える産業が真の国際化を迫られている。

  iStock illustration CHIBA, Japan —  インド太平洋地域での中国へのヘッジとして、日米含む多数国が新たな夜明けを迎えており、軍事面で緊密化をめざす防衛協力が進む 言うまでもなく日米両国は第二次世界大戦後、米国が日本に空軍、海軍、海兵隊の基地を設置して以後緊密な関係にある。 しかし、日本は昨年末、自国の防衛でより積極的になることを明記した新文書を発表し、自衛隊予算は今後10年間で10倍になる予想がある。 政府は、新しい軍事技術多数を開発する意向を示し、それを支援するために国内外の請負業者に助けを求める。 日米両国軍はこれまで同盟関係を享受してきたが、両国の防衛産業はそうではない。 在日米国大使館の政治・軍事担当参事官ザッカリー・ハーケンライダーZachary Harkenriderは、最近千葉で開催されたDSEIジャパン展示会で、「国際的防衛企業が日本でパートナーを探すのに適した時期」と述べた。 日本の防衛装備庁の三島茂徳副長官兼最高技術責任者は会議で、日本が米国ならびに「同じ志を持つ同盟国」で協力を模索している分野を挙げた。 防衛省の最優先課題のひとつに、侵略を抑止する防衛システムの開発があり、極超音速機やレイルガンに対抗する統合防空・ミサイル防衛技術があるという。 抑止力に失敗した場合を想定し、日本は攻撃システムのアップグレードを求めており、12式地対艦ミサイルのアップグレード、中距離地対空ミサイル、極超音速兵器、島嶼防衛用の対艦ミサイルなどがある。 また、高エナジーレーザーや高出力マイクロ波放射技術など、ドローン群に対抗する指向性エナジー兵器も求めている。無人システムでは、水中と地上無人装備用のコマンド&コントロール技術を求めている。 新戦略の発表以来、最も注目されている防衛協力プログラムは、第6世代ジェット戦闘機を開発するイギリス、イタリアとの共同作業「グローバル・コンバット・エアー・プログラム」だ。 ハーケンライダー参事官は、日本の新しい国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛予算の増強は、「時代の課題に対応する歴史的な資源と政策の転換」につながると述べた。 しかし、数十年にわたる平和主義的な政策と、安全保障の傘を米国に依存してきた結果、日本の防衛産業はまだ足元を固めらていないと、会議の講演者は述べた。 三菱重工業 、 川崎

海自の次期イージス艦ASEVはここがちがう。中国の055型大型駆逐艦とともに巡洋艦の域に近づく。イージス・アショア導入を阻止した住民の意思がこの新型艦になった。

  Japanese Ministry of Defense 日本が巡洋艦に近いミサイル防衛任務に特化したマルチロール艦を建造する  弾 道ミサイル防衛(BMD)艦2隻を新たに建造する日本の防衛装備整備計画が新たな展開を見せ、関係者はマルチロール指向の巡洋艦に近い設計に焦点を当てている。実現すれば、は第二次世界大戦後で最大の日本の水上戦闘艦となる。 この種の艦船が大型になる傾向は分かっていたが、日本は柔軟性のない、専用BMD艦をこれまで建造しており、今回は船体形状から、揚陸強襲艦とも共通点が多いように見える。 この開示は、本日発表された2024年度最新防衛予算概算要求に含まれている。これはまた、日本の過去最大の529億ドルであり、ライバル、特に中国と歩調を合わせる緊急性を反映している。 防衛予算要求で優先される支出は、イージスシステム搭載艦 ( Aegis system equipped vessel, ASEV) 2隻で、それぞれ26億ドルかかると予想されている。 コンピューター画像では、「まや」級(日本の最新型イージス護衛艦)と全体構成が似ているものの、新型艦はかなり大きくなる。また、レーダーは艦橋上部に格納され、喫水線よりはるか上空に設置されるため、水平線を長く見渡せるようになる。日本は、「まや」、「あたご」、「こんごう」各級のレーダーアレイをできるだけ高い位置に取り付けることを優先してきた。しかし、今回はさらに前進させる大きな特徴となる。 防衛省によると、新型ASEVは全長約620フィート、ビーム82フィート、標準排水量12,000トンになる。これに対し、「まや」クラスの設計は、全長557フィート強、ビーム約73フィート、標準排水量約8,200トンだ。一方、米海軍のタイコンデロガ級巡洋艦は、全長567フィート、ビーム55フィート、標準排水量約9,600トン。 サイズは、タイコンデロガ級が新しいASEV設計に近いが、それでもかなり小さい。Naval News報道によると、新型艦は米海軍アーレイ・バーク級フライトIII駆逐艦の1.7倍の大きさになると指摘している。 武装に関して言えば、新型ASEVは以前の検討よりはるかに幅広い能力を持つように計画されている。 同艦の兵器システムの中心は、さまざまな脅威に対する防空・弾道ミサイル防衛用のSM-3ブロックIIAとSM