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★中国元級潜水艦の性能、運用思想を推測する



ソ連時代のように現代の中国装備を限られた情報から性能や運用想定を推測する仕事が重要になってきました。中国語の壁のため西側は情報に振り回されている観があります。日本でも似たようなものですが、文化的な近似性を活かして日本ならではの情報解析ができるといいですね。その場合に必要なのが下の著者のような深い専門知識に基づいた観測です。おそらくONI海軍情報部にもパイプがある著者と思われますが、論理的に展開していく様は非常に参考になりますね。それにしても日中がそれぞれ大型通常型潜水艦を整備しているのはヨーロッパからは理解できないでしょうね。

Essay: Inside the Design of China’s Yuan-class Submarine

By: Capt. Christopher P. Carlson, USN (Retired)
August 31, 2015 2:13 PM • Updated: August 31, 2015 5:39 PM

People's Liberation Army's Navy (PLAN) Yuan-class submarine.
人民解放軍海軍(PLAN)の元級潜水艦

伸張めざましい中国の潜水艦部隊は真剣な検証と議論にふさわしい対象だ。議論は政策決定者のみならず一般市民にも有益で、その際は健全な分析を元に正確な事実を議論すべきだ。ただ残念なことに英語による人民解放軍海軍(PLAN)報道ではその両方が欠けている。直近のUSNI Newsでもこの傾向が見られる。ヘンリー・ホルストはタイプ039A/B元級潜水艦は「対艦巡航ミサイル(ASCM)を搭載し、長時間潜姿を隠すことができ、アクセスが困難な浅海で潜むことができる」と書いている。

ホルストは元級が大気非依存型出力(AIP)を搭載し、長距離ASCM発射能力を有するので沿海部の浅海域作戦に適しているとする。タイプ039A/Bが優れた対艦戦用の潜水艦であることは著者も同意するが、上記記事のポイントはデータの読み間違いによる誤解だ。本稿では同記事の誤謬を検証し、タイプ039A/B元級潜水艦は実は深海作戦用でPLANの海洋戦略では本国に近い海域で積極防衛を実施する手段だと指摘する。また同艦は台湾の沿海部での作戦行動だけを考えたものではない。

艦の大きさは

タイプ039A/B元級潜水艦が小型で水深の浅い沿海部での作戦用なのかが論点である。その根拠として元級を日本のそうりゅう級と比較している。そうりゅう級もAIPを搭載するが、問題は元級がずっと小さい、としている点だ。

ホルストはそうりゅうの喫水を10.3メートルとしてるが疑わしい。潜水艦の喫水が船幅より長いときはデータを確かめたほうがよい。10.3メートルというのはそうりゅう級の船幅ではなく、同艦の最深部であり、竜骨から甲板までの垂直長である。喫水はこの最深部の一部だ。公開情報ではそうりゅうの喫水は8.5メートルで、同艦の写真を見ると8.3メートルとあり、公表さ数字にかなり近い。

同様にタイプ039A/B元級潜水艦の寸法も不正確だ。ただし、これは西側情報源がいつも不正確であることを反映しており、ホルストもこう言っている。「PLANの建艦技術陣は宋級と同じ寸法でAIPシステムを搭載させた」。 ホルストは元級の設計ではその大きさから代償も発生したというが、具体的に何かを示していない。PLANの建艦部門は必要なスペースの確保に成功したと言っているだけだ。この言い方では鋭さが欠けていると言わざるをえない。

潜水艦とはもともと小型で内部容積も限られる。大型推進機関を入れてもAIPの空間を確保できるほど事は簡単ではない。特に冷却酸素タンクは相当の空間を必要とし、潜航時間が長いとタンクも大きくなる。宋級にそれだけの容積がそもそもあれば、もっと小型になるはずだ。宋級の内部に利用していない空間があるとの証拠はない。タイプ039Gの画像を見ると本当に艦に余裕がないことがわかる。宋、元ともに二重船殻型式なので設計陣は燃料タンクが圧力船殻の外部タンクに積められているのだろう。元級はAIPを搭載するため大型化が必要になった。

Google Earthや手持ちカメラ写真からこのことがわかる。両方の級の潜水艦が横に停泊しているのを見れば、元の全長が宋級より長いのがわかる。タイプ039G宋級の艦幅が7.5メートルと狭いのはほぼ正しいといえる。さらに手持ち写真から元級は全長のみならず喫水も宋級より大であることが伺われる。

Soryu-class submarine, Hakuryu during a visit to Guam in 2013. Note the bow draft markings show the submarine’s draft is about 8.3 meters. US Navy Photo
そうりゅう級のはくりゅうがグアムへ2013年寄港した際の写真では艦首の喫水表示から同艦の喫水が8.3メートルだとわかる。US Navy Photo

中国潜水艦はロシア式のマーキングを採用しているため艦の外側に喫水表示がない。中国潜水艦では長い白線で浮上時の水線を表示し、喫水との差を0.2メートル刻みで示す。手持ち撮影写真からタイプ039A/Bでは海上およびドック内の例から全長を72メートルとは水線の全長だとわかる。元級の全長は各種解析から77.2メートルで、中国国内のウェブサイトが言う77.6メートルとほぼ一致する。同じように通常の浮上時の喫水は約6.7メートルで、これまで西側が言っていた5.5メートルより深い。

まとめると元級は通常動力潜水艦として大型で、そうりゅう級よりわずかに小さい程度だ。むしろPLANの別の通常型大型潜水艦であるロシア製プロジェクト636・キロ級と比較したほうがいいだろう。元級はキロ級よりわずかに大きい。本稿に出た潜水艦各級の物理的な大きさを下表にまとめた。キロ級とそうりゅう級のデータは公式発表をつかった。元級および宋級は上記の解析結果を使っている。

ホルストの主張と異なり、タイプ039A/B元級は決して小型潜水艦ではないことがわかる。PLAN保有の通常型潜水艦で最大級であり、そうりゅう級やキロ級と同様に水深が浅い海域では制御が難しい。仮に「沿岸警備用の潜水艦」(SSC)を整備するのならドイツのタイプ205や206級でいいはずだ。また北朝鮮にはSango級があり、それぞれ潜水時に500トンを上回らない大きさだ。

Type 039B Yuan-class submarine during rollout at the Jiangnan Shipyard on Changxing Island. Note the long white line in the draft markings, which designates the submarine’s normal surface waterline. Also note the low-frequency passive flank array just above the keel blocks.
タイプ039B元級潜水艦が江南造船所で完成している。喫水関連で長緯線に注意。通常浮上時の海水面を示している。また低周波パッシブアレイがブロックの上の側面に付いていることに注意。







プロジェクト636 Kilo
Type 039A/B Yuan
Type 039G Song
Soryu
全長
73.8 m
77.6 m 1)
74.9 m
84.0 m
全幅
9.9 m
8.4 m
7.5 m
9.1 m
喫水
6.6 m
6.7 m 2)
5.7 m 4)
8.3 m 5)
浮上時排水量
2,350 tons
2,725 tons 3)
1,727 tons
2,947 tons
潜水時排水量
3,125 tons
3,600 tons
2,286 tons
4,100 tons

注:
1) Type 039A/Bでしばしば引用される全長72メートルは水線長であり、艦の全体長ではない。
2) Type 039A/B の喫水は報じられる5.5メートルを上回りやや艦サイズが小さいType 039G 宋級とほぼ同じ。
3) 元級の潜水時、浮上時の排水量は中国語ウェブサイトが出典だが定義に混乱が見られる。浮上時排水量を2,300トントとするものが多いが、これには予備浮力50パーセント以上が含まれており、実際の数字ではない。推定浮上排水量は表中では予備浮力32パーセントで以前のタイプ035や039Gと合わせてある。
4) 伝えられるタイプ039Gの喫水5.3メートルは疑わしい。乾ドック入りした同艦の手持ち写真から5.7メートル近くあることがわかる。
5) そうりゅう級の喫水も8.5メートルあると伝えられているが、実際の写真を見ると艦首、艦尾の表示は8.3メートルに近いことがわかる。


浅水域の環境条件


非常に水深が浅い海域用の潜水艦での課題は艦の制御だけではない。ホルストがいみじくも沿岸部の音響特性は混沌とし困難だと指摘している。対潜部隊には元級がそんな場所に潜んでいれば探知は困難だろう。だが逆もまた真なのだ。

航行する船舶の出すノイズははるかに大きく、海底や水面で何度も反射して潜水艦のソナーに入る。元級には獲物を探知識別し追跡するのが極度に困難となり、潜望鏡を上げないと目標雷撃の解は得にくいはずだ。ただしそうすると探知される可能性も増える。そこで潜水艦は浅い海域で海底にへばりつくが水上のASW艦と同様に探知が困難になるのだ。だが宋級以降が浅海での運用を想定しているのであれば、なぜ低周波側面アレイが各艦に装着されているのか。

H/SQG-207の系列の水中聴音機が取り付けられており、長距離で大きなノイズを出す目標を探知するのが目的だ。低周波ノイズは音波吸収ロスも少なく、水中を長い距離移動できる。ただしこの種のアレイが効果を発揮するのは水深の深い部分で海底による干渉が少ない部分だ。H/SQG-207アレイが元級に搭載されているのは想定する作戦水域が深海でこのパッシブソナーが同艦の主要ソナー装備であることを示す。

PLAN潜水艦の兵装思想


PLAN潜水艦兵装についてのホルスト解説ではC-802 ASCM (対艦巡航ミサイル)が元級に搭載されているとの誤解が繰り返し出てくる。まずC-802 は潜水艦発射型ではない。もともとC-802とは輸出用の巡航ミサイル(射程120キロ)の呼称で、ホルストが言うような180キロの射程はない。またC-802がPLANに採用されたとの証拠もない。またこの型はPLAN潜水艦が搭載するYJ-82とは別のミサイルだ。YJ-82は固体燃料方式でYJ-8/8A型水上発射式ASCMが原型だ。YJ-82はカプセルに入ったまま発射される点で米パープーンと同様だ。YJ-8/8Aの有効射程は42キロにすぎないが、ブースターがないYJ-82は更に短く30から38キロ程度だろう。ここまで射程が短いと発射した時点で相手方に探知され、水面から出て高度10メートルになった時点でレーダーに探知される可能性が高い。つまり発射した潜水艦の位置も判明し、照準を合わせて対抗措置が実施されることになる。そのためPLANはYJ-18の実戦配備に期待している。同ミサイルの有効射程は220キロといわれる。

国防総省による議会向け2015年度報告ではYJ-18の射程を290nm (550km) としているのは誤植だ。SS-N-27Bシズラーより小さいミサイルが逆に2倍以上の射程を有するのは不可能だ。また2015年度版報告書では YJ-18AとYJ-62でも有効射程の記述が間違っているのは不正確なオープンソース情報を元にしているためだろう。

The YJ-82 is the submarine launched version of the solid-rocket propelled YJ-8/8A. CPMIEC
YJ-82は固体燃料ロケット式のYJ-8/8Aを潜水艦発射型にしたもの。
China Precision Machinery Import-Export Corporation Photo


さらに元級を「対艦巡航ミサイル搭載手段」とホルストは明記している。IHS Jane’sではASCM発射艦はすべて「G」表記としているが、同艦は巡航ミサイル運用を一義的に想定したものではない。米国の情報コミュニティ、NATO、それにロシアによる呼称では専用の発射管を有するものを誘導ミサイル潜水艦としている。このためタイプ093B あるいは095に垂直発射管があるのかで大論争が起こったが、魚雷よりも巡航ミサイル(対艦、対地攻撃両用)が主な兵装になったことのあらわれである。

もう1点興味をそそる点としてタイプ039A/B元級とタイプ039G宋級で搭載する兵装は同一なのにホルストは宋級に同じ兵装を搭載していると言及していない。タイプ039A/B元級のほうがASCM搭載艦として威力が大きいことには疑いがない。高いソナー能力とAIP搭載による柔軟な戦術運用力が理由だが、ASCMが二次的な兵装の扱いなのは搭載本数が少ないのが理由で、中国はロシアの戦術を真似て6本の魚雷発射管のうち2本にYU-6魚雷を自艦防御用に装填している。残り4本でYJ-18 ASCMを集中発射しても最新鋭艦船の防空体制の圧倒はできないだろう。YJ-18の速度はマッハ3だが、防空体制を圧倒する飽和攻撃にはもっと本数が必要だ。

まとめ


結論としてホルストは誤った戦術データと不正確な分析からタイプ039A/B元級潜水艦の設計思想を間違って解釈している。タイプ039A/B元級潜水艦は通常型としては大型艦であり、ロシアのキロ級および日本のそうりゅう級に匹敵する大きさがある。搭載ソナー装置は深海運用を想定し、長距離で敵船探知が可能だ。ただし垂直発射管がないため元級・宋級ともにASCMを運用する発射管に制約があり、ミサイル攻撃は同時に4本ないし5本どまりとなる。またYJ-82 ASCMの射程距離が短いことからタイプ039A/B元級潜水艦は15キロ地点からYU-6魚雷を使用することが多いはずだ。ただしYJ-18運用が始まっても魚雷室の大きさによる制約は残り、発射管数の制約はそのままだ。PLANはこの制約から将来の原子力潜水艦の設計では最初から16発ほどの垂直発射管を想定するだろう。

タイプ039A/B元級潜水艦の設計から同艦が近海の深水度運用を想定したもので、台湾航路もその視野に入っており、高性能ソナーとAIPで標的となる船舶を探知追跡攻撃するのが任務だろう。また今より高性能で長距離射程のASCMに換装しても魚雷攻撃が主になると見られる。
 
クリストファー・P ・カールソンはハープーン戦術ウォーゲームの共同考案者で、ベストセラー著作がある



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