もし戦わば③ ヒトラーがロシア侵攻をしていなかったら第二次大戦の行方はどうなっていたか



The National Interest


What If Hitler Never Invaded Russia During World War II?

A German Panzer V in Romania. Wikimedia Commons / Bundesarchiv, Bild 101I-244-2321-34 / Waidelich / CC-BY-SA 3.0
This might be just the ultimate “what-if.”
August 27, 2016
  1. 歴史上で最も大きな出来事の一つがアドルフ・ヒトラーによるソ連侵攻)1941年6月22日)であった。
  2. バルバロッサ作戦によりナチスドイツの戦争は弱体化していた英国相手の一方向戦から双戦線戦に変わった。東部戦線にドイツ陸軍部隊のほぼ四分の三が投入され、ドイツ軍死傷者の三分の二が発生している。
  3. そこでヒトラーがロシア侵攻を実施していなかったらどうなるだろうか。第三帝国とヒトラーの考え方はドイツが敵の攻撃を受けるのうを待つわけに行かないというものだった。事実、ナチドイツとソ連が交戦を避ける事態は想像しずらいが、ロシア侵攻が発生しなかった場合を考えてみたい。
  4. 一つの可能性は1941年に英本土を侵攻することで、欧州戦は早期終結し、第三帝国の軍事力は東部戦線に集中投入されていただろう。英本土侵攻が1940年にイングランド南部での強襲上陸作戦で提案されていたが単に先送りになっていたはずだ。問題はドイツ海軍が英海軍と圧倒的に数的に劣勢のままであったことだ。一年の猶予の間に英国は英空軍を補強し、フランス陥落で混乱した陸軍師団も再編しただろう。英国はレンドアンドリース方式で米国から装備を受け取っていただろう。米国は1941年9月までに船団護衛を北大西洋で行っていた。その数カ月後に米国は正式に参戦している。日本が太平洋で勢力圏を拡大していたが、米国は英国の占領を回避すべく兵力を集中していたはずだ。
  5. もっと可能性が高いのはヒトラーが東部ではなく南方へ軍を進めた可能性だ。西ヨーロッパの大部分が1940年夏には支配下に入り、東欧がドイツと同盟を結ぶか、無力化となる中で、ヒトラーは1941年中頃までに決断していたはずだ。本能の命じるままあるいはイデオロギーに従ってソ連に向かうか、ドイツ支配圏に真空空間を作っていたはずだ。ロシア打倒はヒトラーが共産主義との戦いを不可避と見ており、破滅的な結末を期待していたはずだ。
  6. ヒトラーが地中海方面に転じ、中東に向かった可能性もある。エーリッヒ・レーダー提督がこの作戦を好ましく考えていた。現実の第2次大戦ではロンメルの北アフリカ作戦がロシア戦線と平行して展開されていた。架空想定では北アフリカが主戦場となる。
  7. 一つの可能性にフランスに圧力を加え、スペインに中立を捨てさせ、ドイツ軍がスペインに進軍しジブラルタルを奪取することがある。これで英国は地中海への直行航路を失う。(フランスがいうことを聞かない場合はスペインを直接侵攻し、ジブラルタルはどちらにせよ占領されただろう) さらにロンメルのアフリカ軍団を補強し、リビヤ、エジプトを経由しスエズ運河を確保することがある。さらに中東の油田地帯まで侵攻していたかもしれない。あるいはロシア侵攻が1942年に開始されていたらコーカサス経由でロシアを南部、西部両面から押さえ込んでいたかもしれない。一方で鉄鋼等の資源を陸上装備生産から大量のUボート建造に切り替えていたら英国の海上補給路を断つことができたはずだ。
  8. このドイツ戦略は効果を上げただろうか。ドイツにとって地中海戦略はソ連侵攻とは全く異なる。3百万に及ぶ膨大な枢軸側陸上兵力を投入する戦いと違い、艦船、航空機が中東方面に進出する小規模地上部隊を支援していたはずだ。ソ連が中立のまま独ソ条約に従って資源供給していたら、ドイツは空軍兵力を地中海に集中させていたはずだ。ドイツ空軍は1941年から1942年にかけ英海軍を傷めつけていただろう。独空軍が全力投入された場合の威力は相当のものだったはずだ。
  9. 反面で中東攻勢の補給活動は困難を極めたはずだ。その理由に距離とともにイタリアの燃料輸送能力の不足がある。ドイツは空軍、海軍は強力と行っても陸軍あってのものだった。米国が1941年12月に参戦したことで、1941年から1942年にかけての主戦場はドイツ-イタリアの海軍部隊、空軍部隊がアフリカ軍団を補給するのを断つことだったはずだ。英米軍は近東で防衛・反抗に出ていただろう。
  10. そこでもう一つ疑問が出る。もしヒトラーがバルバロッサ作戦を中止せず、かわりに1942年夏まで実施を先送りしていたらどうなっていただろうか。枢軸側が中東を確保しソ連がドイツ-イタリア連合軍の侵攻に対処しつつコーカサスまで侵攻を許していたら(おそらくトルコは枢軸側についていただろう)。ドイツにまた一年の余裕が生まれ、西ヨーロッパ占領地帯の資源を活用できていたはずだ。
  11. その反面、赤軍の1941年6月時点の状態はスターリンの粛清によりひどい状態にあり、まだ再編中だった。そこで一年間の余裕があれば、部隊再編とともに新装備のT-34戦車やカチューシャロケット連装砲の導入が進んでいたはずだ。バルバロッサ作戦開始を1942年と想定すると、英国は降伏していないと仮定し、英米連合軍の反攻を恐れ西部戦線んお防護を固めた上でドイツはロシア攻撃に入っていただろう。
  12. ドイツの戦術レベルが高かったことともに実戦経験が豊富なこともあり、ドイツ軍には1942年バルバロッサ作戦発動時には優位性があったはずだ。それでも赤軍は1941年のような壊滅的損失は被らず、バルバロッサ作戦発動が遅れても結局ソ連軍に有利に働いたものと思われる。
Michael Peck is a contributing writer for the National Interest. He can be found on Twitter and Facebook.
Image: A German Panzer V in Romania. Wikimedia Commons / Bundesarchiv, Bild 101I-244-2321-34 / Waidelich / CC-BY-SA 3.0

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