2006年のこと、ボーイングから信じられない内容の提案が出た。米空軍の伝説的機材F-15イーグルに全長45フィートのロケットを搭載するものだった。ロケットを背負う機体にはF-15グローバル・ストライクイーグルの名称がつき、極超音速兵器あるいは小型ペイロードの軌道打上げを一変させるはずだった。
構想ではイーグルの強力な推力と余裕ある揚力でロケットを高高度へ運び、放出後に点火し、飛翔させるはずだった。航空機から軌道ペイロード放出により高価なロケット打上げ施設が不要となり、F-15の機動性を生かし、いかなる場所からも小型ペイロードの打上げが可能になるはずだった。
比較的低価格の実現手段となり、高額な費用を当たり前としていた米軍、特に宇宙軍にとって新たな解決策となっただろう。だが、グローバル・ストライクイーグルは極めて現実的に検討されたとはいえ、ボーイングの売り込み方は常軌を逸したものがあった。
まるでなんでもやってみるアニメのワイリー・コヨーテのような構想でボーイングの企画部門がひねりだしたものだった。とはいえ、提案内容には実現可能性が十分あった。グローバル・ストライクイーグルは提案段階から先に進まなかったが、データからロケットを背負ったイーグルは実際に飛行可能だったことがわかる。
当時マクダネル・ダグラスのF-15イーグルの初飛行は1972年で、開発には切実な背景があった。わずか5年前に米側はソ連の最新最高性能の戦闘機の存在をつきとめ、速力高度双方の記録を更新しながらその姿は誰にもわからなかった。ペンタゴンでこの新型機は試作機制式名称のYe-155だけが判っていた。
その後米国、NATOは同機がマッハ3の恐るべきMiG-25フォックスバットだと知ることになった。
米側には知るよしもなかったが、フォックスバットは実力の前に宣伝が先行し、前評判通りの機体ではなかったが、マクダネル・ダグラスは対抗策として米側の期待を背負う機体を生んだ。最高速度マッハ2.5超、毎分67千フィート超の上昇率、高推力重量比の新鋭イーグルはフォックスバットに恐れていたペンタゴンを一変させ、実戦でも連続して戦勝を上げた。合計104機を撃墜しながら、イーグルの喪失は皆無だ。
こうした圧倒的な成功の一方で、米国はイーグルの優秀な機体の別の用途を模索しはじめた。1986年に対地攻撃を任務とするF-15Eストライクイーグルのフライトテストがはじまった。搭載エンジンのプラット&ホイットニー F100-PW-220アフターバーナー付き双発は共通で58千ポンド推力を叩き出し、ハードポイント追加と新型エイビオニクスで各種通常兵装更に核爆弾に対応したストライクイーグルは攻撃力に加え空対空能力も備えることで戦闘機援護を不要とした。
50年超にわたりF-15は信じられないほどの実力を発揮し、米海軍も艦載仕様を検討し、空母発艦時に最低時速42マイルでも対応可能とし、片翼喪失しても未熟なパイロットで着艦できる性能を想定した。更に爆弾を搭載しながら空対空戦に対応し、機体一体型兵装庫でステルス性能に匹敵する効果まで期待した。米空軍向けのF-15EXは今日も生産が続いている。
F-15はその他試験用途にも投入され、極超音速フィーニクスミサイルをNASA用に発射し、衛星迎撃まで行ったが、2006年のボーイング提案ほど常軌を逸した構想はない。
F-15背面へロケットを搭載することで軌道上あるいは準軌道へ装備品を迅速に展開させれば、米国が開発を目指すマッハ5の「共通航空飛翔体」の運用が実現するはずだった。だがもっと大きな効果は実現が短時間かつ低価格の打上げ手段となり、小型ペイロードを事実上どこからでも低周回軌道へ乗せる事が可能となる点だった。
これまでにない宇宙打上げ手段になるはずだったが、米国の宇宙打上げ面では打上げ施設関連で課題があり、使い捨てロケットの運用コストが高水準なことが中でも問題だった。これは米国に限ったことではなく、一方で高性能軍用衛星から放送事業まで宇宙配備装備への依存度は軍民双方で高まっていた。
こうした需要のため大型高性能かつ高価格の衛星を静止軌道に乗せているが、構想設計から打上げまで数年かかるのが通常だ。このため、最新鋭のはずの国防情報収集衛星も軌道に乗る時点で旧型になっていることが多い。
「今日の衛星は極めて繊細に作られており、世界最高峰の性能ながら価格は上昇し、容易に作成できません。調達に時間がかかります。一方で任務が待ちかまえており、コスト増、製造期間の増大が顕著になってきているのはそれだけ失敗のリスクを回避する必要があるためです」とジョン・「ジェイ」・レイモンド大将Gen. John “Jay” Raymond(宇宙軍司令官)が実情を昨年説明していた。
米国ではケイプカナベラル空軍基地が西東軌道の大型打上げの大部分を担い、ヴァンデンバーグ空軍基地(カリフォーニア州)が北南軌道打上げにあたる。両基地とも大型ロケット用だが、一方で米国は民間企業や国際取り決めも活用し、小型ロケットを世界各地で打上げている。
新型衛星の運用まで長期間かかることだけが問題ではない。米国がロシアあるいは中国のような超大国と戦闘状態に入った場合、米国の脆弱な衛星群が最初の標的となる可能性がある。ロシア・中国双方が衛星攻撃能力を実証しており、さらに他国衛星を捕獲、妨害あるいは破壊する「警視」衛星を開発している。ロシアは秘密のうちに攻撃手段を宇宙空間へ配備し、試験しており、両国が他国の知るところではない軌道上装備をすでに配備済みの可能性があるのだ。
米国の防衛体制は衛星群に多く依存しており、設計の前提は宇宙配備装備が攻撃対象になる想定はなかった時代のもので、現状とかけ離れている。
「まるでガラスの家を石ころのない世界に作ったようなものだ」と前空軍長官ヘザー・ウィルソンは米衛星群の脆弱性について2018年語っていた。
率直に言えば、米国の商用、軍用、情報各部門はすべて高額の衛星群に依存しており、設計製造に長期間を要し、打上げ配備したものの攻撃に極めて脆弱となっている。最悪の事態のお膳立てができているようなもので、このため米宇宙軍が創設され、衛星の保安とあわせ冗長性の確保が主な任務となっている。
この実現のため宇宙軍は従来より小型、安価な衛星を大量にかつ迅速に配備することに方向転換しており、低周回軌道への投入で大型かつ高価な従来型衛星の補完機能を期待している。一部衛星が損傷を受けた場合も小型衛星が穴を埋め、通信や情報の流れを維持する他、通信妨害の発信源をつきとめ、その他衛星の機能を保全する。
だが、技術力を有する敵との大規模戦闘でこの機能を実現するには、大量の小型衛星を低周回軌道にいかに迅速かつ各地から打上げられるかが課題となる。
そこで2006年にボーイングが強力なF-15を見て、「これは打上げ機に転用できるのでは」と考えたわけだ。
2006年4月24日、ボーイングの一団がロサンジェルスで開催の第4回宇宙対応会議に独自提案を持って参加した。提案は17枚のパワーポイントスライドで別に10ページの記述文がついていた。内容は同社がそれまでに進めていた研究内容をもとにしていた。
その他の航空産業企業からも珍奇な提案が数々あり、巨大空中原子力空母から空飛ぶ円盤まであったが、同社の提案内容は宇宙を狙っていたが、地上打上ではなかった。グローバル・ストライクイーグルは宇宙打上げ用の新型機を米政府に売り込むのではなく、米政府が保有しながら使っていない装備品を集めて画期的な性能を超低コストで実現するとしていた。
「F-15を打上げの第一弾として活用することで性能面のみならず、ロケット用の速力の必要が減り、抗力も下がり、大気圧も減るばかりでなく、既存の支援施設をそのまま使えるという運用上の利点もある」(ボーイング作成の資料より)
低価格を旨とした提案では既存のF-15CあるいはDで「高時間」稼働の機体を実証用に使い、小型ロケットを主翼下あるいは機体腹部中央線似搭載する案がまずあり、その後さらに改装したF-15Eストライクイーグルをグローバルストライクイーグルにするはずだった。
当然ながら最初の段階から解決すべき課題があった。F-15の推力、ペイロードをしてもそれだけの多きあのロケットを機体下に搭載するのは不可能だった。F-15Eの以前の検討では主翼下のパイロンでは220ポンドが限界だと判明している。NASAは重量1,000ポンド全長13フィートのAIM-54フィーニクスミサイル一本を特別改造の機体下中央線のハードポイントに装備していた。2006年にNASA専用のF-15Bをこの際に使っていたが、45フィート30千ポンドのロケットを搭載すれば滑走路の離陸も不可能となるのは明らかだった。
その結果、ロケットは機体上部に搭載することになり、二枚の尾翼安定板の間の空間を活用することとした。新たに機体中央線上部にパイロンが付き、もともと兵装類の追加搭載を狙って構想があったもので機体本体の強度で大型ロケットも搭載可能と判断された。
しかし、ロケットを機体上に乗せるようになったとはいえ、そグローバル・ストライクイーグルのコンセプトにとって問題はロケットのサイズであった。ロケットのノーズコーンは、コックピットキャノピーとのクリアランスの問題を引き起こすだけでなく、射出装置に干渉してしまう。このためパイロットを廃し、ボーイングのX-45やX-36技術実証機のような通信リンクベースの飛行制御システムをグローバル・ストライクイーグルに採用するのがよいと思われた。この変更により、ロケットに親近感を覚えながら死んでも良いと思うパイロットを探す必要がなくなる利点もある。
無人機の運用は、米空軍で珍しいことではなく、各種無人機材を運用している。ボーイングには、退役F-16をQF-16空中標的機に改造した経験もある
パイロットが搭乗しないため、ストライクイーグルからグローバルストライクイーグルへの転換は、エイビオニクスやシステム変更がほとんど必要なく、レーダーなど多くの戦闘と関係ないシステムは完全に取り外せる。
世界中で400機以上のF-15イーグルとF-15Eストライクイーグルを運用しており、グローバル・ストライクイーグル運用に必要なインフラの大部分はすでに存在し、機体システムの多くはメンテナンスが可能であった。これにより、コスト削減と友好国の各地飛行場から軌道打上げ能力の確保が、迅速に実施できるはずだった。
理論上は、グローバル・ストライクイーグルと支援チームは、数千フィートあればどんな滑走路にも飛んで行き、打上げ準備をし、短時間でペイロードを軌道に乗せることができる。F-15の既存インフラがある滑走路で作業を行えば、打上げ準備のほとんどは、通常のF-15出撃と同じように見えるので、打上げ作業を簡単に隠すことができる。
ボーイング社のグローバル・ストライクイーグルが搭載するロケットも特価品になるはずだった。ボーイングは、ICBM用固体ロケットモーターに既製品の固体ロケットモーターを使用する予定だった。既存ロケットを使うことで、コスト削減から開発期間まで大幅に短縮するはずだった。
グローバル・ストライクイーグルの「打上げロケット」第1段には、ミニットマンII ICBM第2段から流用したSR-19固体ロケットエンジンを搭載し、287.5秒間、60,300ポンド推力を発生させるとあった。2段目には、やはりミニットマンII3段目からオライオン50XLを搭載し、289秒間、34,500ポンド推力を発生させる。最後の第3段には、各種小型ロケットに使用されるオライオン38ロケットモーターで10,600ポンド推力で289.6秒間の動力飛行を行い、地球低軌道に投入するとあった。
ロケット後部には、空気力学を改善するためのコーンボディが搭載され、F-15から分離したロケットから直ちに排出される。ボーイングの研究によると、F-15の空力設計は、ロケットを機体上部に追加しても問題ないばかりか、ロケットに資する要素もありそうだった。
ボーイング提案では、「F-15GSE/LVの構成で、空力的な阻害要因がないと確認するため、予備的な数値流体力学(CFD)モデリングを行った」「同解析で、ペイロード/LVと垂直尾翼の負荷増加によりF-15の揚力のわずかな減少を示し、迎角を1度変更することで補償される」とした。
最終的に30,000ポンドもの大型ロケットを空へ(ペイロードは1,200ポンド)送り出すため、ボーイングはF-15本体に「JATO」(Jet-Assisted Take Off)ロケットブースターを組み込むこと提案した。また、MIPCC(Mass Injection Pre-Compression Cooling)技術を活用し、飛行全体でパワーを上げる提案もした。MIPCCは、エンジンのコンプレッサーの前に水や冷却水を噴射してから通過させることで蒸発・冷却させる。この冷却効果により、エンジンは通常の許容範囲より高い速度と高度で運転が可能になる。
既存ジェットエンジンからあとわずかパワーを引き出すには、安く効果的な方法だ。
ボーイングのアプローチでは、グローバル・ストライクイーグルは、高度27,700フィートで40.4度の角度で上方向ピッチングし、マッハ1.7まで加速し打上げプロセスを開始する。高度47,800フィート、速度マッハ1.35で、ロケット発射台はF-15から切り離され、第1段ロケットモーターの点火前に、機体がピッチダウンし分離に十分な時間(約4秒)を与える。F-15が発射操作を始めてから約400秒後(6.66分後)に地球低軌道上で衛星を分離するまで、ロケットが燃焼を続ける。
提案ではGlobal Strike Eagle構想の実現可能性を有望と主張したにもかかわらず、公にはここで止まっているように思われる。
ボーイングの主張が額面通りになら、宇宙軍が現在、迅速な衛星打上げを重視する小型・超小型衛星を、比較的安価にアメリカ空軍に提供できる可能性があり、戦闘機ベースの打上げシステムは2006年の当初提案時より有望に見える。しかし、米国にはロケット打上げオプション多数があり、少なくとも現時点では、F-15戦闘機用の画期的ロケットを開発する必要は見当たらない。
今日、アメリカはスクラムジェットの巡航ミサイルから滑空体まで、多額の投資を極超音速兵器にしている。グローバル・ストライクイーグルが進まなかった理由の大部分がこれかもしれない。米国で開発中の空中発射式極超音速兵器は、戦闘機の上に45フィートのロケットを搭載する必要はない。F-15をグローバル・ストライクイーグルに改造し試験運用する方が安上がりだろうが、実用上は爆撃機の主翼下に搭載する方が、特別改造された新規発射台を必要とする兵器よりはるかに戦略的価値が高い。
ロッキード・マーティンの極超音速ミサイルAGM-183 ARRWのB-52での運用テストが続いている (U.S. Air Force photo)
だからといって、特に小型衛星を低軌道に迅速に打上げる魅力的な利点が同コンセプトにないわけではない。しかし、公にされているだけでも多くの航空機から宇宙へペイロードを送り出す取り組みがあり、機密資金の幕の後ろに他の多くの取り組みが隠されているのは間違いないと言って良い。
グローバル・ストライクイーグルは常軌を逸していると映るが、背後にある原動力とペイロード搭載のアプローチは、実はそれほど異常なものではない。■
Global Strike Eagle: The real plan to add rockets to the F-15 - Sandbox
Alex Hollings | February 8, 2022
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