NY Times
スイス・ダボスで開催された経済フォーラムで、キッシンジャーは重要な発言2点をした。一つは、平和条約を結ぶには、ウクライナはロシアに領土譲渡を覚悟すべきで、プーチン大統領の地位の維持が不可欠とキッシンジャーは述べた。また、「台湾を米中間の大きな問題にしてはならない」との発言は、米国が台湾を問題視しているのを示唆しており、筆者の推測だが、中国が台湾を奪取しても米国は対応すべきではないとキッシンジャーは考えているようだ。
いずれも、敵対国に便宜を図ることがワシントンの利益になるとの考えだ。アメリカの最大の関心事は世界の安定であり、そのためには地域のパワーバランスを変えようとする国の利害を調整する必要があるとの主張だ。つまり、プーチンの政治的存続を含む旧ソ連の安定が、地域を安定させ、さらに、世界の安定を高めるというのだ。同様に、台湾を中国に譲り渡すことで西太平洋が安定し、世界の安定が高まるという考えだ。
キッシンジャーは、リチャード・ニクソン大統領やジェラルド・フォード大統領への助言で、このような考えだった。ベトナム戦争では、戦争に勝つことではなく、中国やソ連との対立を避けることが目的とし、キッシンジャーは戦争に勝てないと正しく考えていた。そのために、勝ち目のない戦争でも米軍をベトナムに駐留させ、モスクワと北京にアメリカの決意の固さを感じさせ、同時に北を激爆撃し、アメリカに攻撃的な戦争をする意志があると示した。最終目標は、北ベトナムと同盟国に、アメリカがベトナムから撤退できる合意をさせ、それによりソ連との関係を安定させることにあった。柔軟性を保ちつつ、アメリカの意地を見せる。このようにして、戦争は延長され、敗戦もしたが、ロシアとのデタントという根本目標は達成できた。
1970年代初頭の中国訪問には戦略的な見返りがあった。ソ連と中国は、ウスリー川沿いで戦闘を繰り広げた。ロシアは中国のロプノール核施設へ攻撃をねらい、中国は共産主義世界のリーダーの座をめぐりロシアに挑戦していた。キッシンジャーは、米中間の理解を求めるため中国に接近した。米国の戦略的懸念は、ソ連の西ヨーロッパ攻撃にあった。中国と手を組めば、二正面戦争の可能性がある。キッシンジャーは戦争に興味はなかったが、脅威はロシアに受け入れがたいリスクを生むことで危険を減らすことができ、逆説的だが共存合意に達し、戦争のリスクを減らし、グローバルシステムを安定させることができた。これが、現代中国の出現の下地にもなった。
キッシンジャーの思考は複雑で、時には最終目標から遠ざかるように見えるが、彼はソ連の脅威、ひいては世界秩序への脅威という一点に焦点を絞っていた。ソ連はヨーロッパを脅かし、中国を脅かし、さらに核保有国だった。グローバル・システムに対する脅威はソ連だけと見なし、どんな代償を払ってもいいと考えていた。
ソ連は、核戦争のリスクを受け入れる姿勢をとっていた。この姿勢をマントにして、ソ連を興奮させ、利害の薄い事柄にエネルギーを使わせたのだと思う。キッシンジャーは、繊細なだけに、目指す目的は非常に単純だった。ソ連との直接戦争を避け、ソ連に主導権を持たせることで、米国が対応し、それによってモスクワに自らの意志を示させることだった。キッシンジャーはソ連にこだわっていたので、ソ連がラテンアメリカを支援し始めると、アメリカはそれに応えた。ソ連は自分たちがキッシンジャーが考えるほど強力とは思っていなかったが、チリ、シリア、アンゴラで扇動した。
ロシアのウクライナ攻撃へのキッシンジャーの対応も、これと同じ論理だ。彼は、イラクとシリアの紛争で、米国の意図についてロシア人を怯えさせられると見ている。ブレジネフ同様に、プーチンを柔軟性が欠けた人物で危険の少ない安定勢力と見ている。その意味で、ウクライナを防衛すれば、事態を悪化させるだけかもしれない。
中国については、これと別の力学が働いた。キッシンジャーの最大の功績は、中国を開国させ、同盟国にしたことだ。キッシンジャーの頭の中では、これは融和により達成できたことになっているが、実際は中国が米国への恐怖心を失わなかったからだ。朝鮮戦争で米国が中国軍に大量の死傷者を出した後、毛沢東は米国を強力な国と見なし、米国は中国を同盟国と見なし、それぞれが取引に安堵して去って行ったのである。
敵を過大評価し、最悪の事態に備えることは良い。しかし、誤算も過大となればチャンスを逃し、相手の動きに翻弄されてしまう。キッシンジャーは、英仏がドイツの強大さを理解できなかったことで犯したのと同じ過ちの繰り返しを恐れたのだろう。この考えが、ロシアや中国に領土を譲り渡す主張につながる。弱い立場の者こそ賢くなければならないし、当たり前のことには細心の注意で取り組まなければならない。世界の安定がかかっているのだ。筆者の考えでは、ロシアと中国は衰退する大国であり、米国は躍進する大国だ。ここで、敵に釘を刺せばよい。
1970年代、ロシアへの筆者の恐怖は人一倍強かったと告白しておく。しかし、時とともに、彼らの軍隊を研究し、同国人と話すうちに、筆者はロシアを違う角度から見るようになった。かなり前のことだ。尊敬する人物を批判する権利は筆者にはない。しかし、キッシンジャーを間違っていると批判することは、無謀さとは違う。本人は、自分がしなければならないと思うゲームをしてきた。今もそれは変わらない。■
Why I Disagree With Henry Kissinger
Thoughts in and around geopolitics.
By George Friedman -May 27, 2022
https://geopoliticalfutures.com/why-i-disagree-with-henry-kissinger/?tpa=NmE3MWM3ODA4ZmRiMmU1MjU1YTFiMDE2NTQ3ODg5MjU5OTFkNDc
https://geopoliticalfutures.com/author/gfriedman
George Friedman is an internationally recognized geopolitical forecaster and strategist on international affairs and the founder and chairman of Geopolitical Futures.
世界は、冷戦後のグローバリズムに基づく政治・経済構造を変えようとしているように思える。大枠は、本サイトの5月10日付の記事「現在は歴史の大きな転回点…」にコメントした通り。
返信削除衰退しつつある大国、ロシアは、影響圏の復活を目的に冒険的侵略行為を行い、冷戦時の支配力を取り戻そうとしているかに見える。これがウクライナ戦争であり、決して許してはいけない行為である。
しかし、キッシンジャーは、平和条約を結ぶために侵略を咎めるのでなく、領土で譲歩し、プーチンを存続させるべきとの意見であるが、これは有り得ないだろう。キッシンジャーは、核戦争を防ぐためなら妥協しろとの考えなのだろうが、核の脅しを真に受けることは、核保有国ならばどんな侵略を行ってもよいことに繋がる。これは第3次世界大戦の近道であり、皮肉なことに核戦争が最も起こり易い状況となる。キッシンジャーは、これを容認し、さらにロシアと同様にCCP中国も台湾侵略を行っても介入するなとの意見を述べるに至っては、正気を疑う。
キッシンジャーは、米国政治の裏表を知り尽くした政治家であり、ウォール街の意見を代表し、ディープステートの黒幕であるCFRの大幹部であるが、そんな彼が無責任とも言える意見を述べると言うことは、世界は、相当深部まで変質し、新たな体制を求めて彷徨っているということだろう。