南朝鮮海軍の空母打撃群(CSG)構想のスケールモデル。CSGは空母のほか、KSS III潜水艦2隻、KDX IIIイージス駆逐艦2隻、KDX II駆逐艦1隻、KDDX駆逐艦2隻、FFXフリゲート3隻で構成。MADEX2021の南朝鮮海軍のブースで展示された。
北朝鮮が西側諸国と大韓民国へ挑発を続ける中、南朝鮮の近隣諸国が空母保有を加速している。日本はいずも級水陸両用艦を軽空母に改装し、中国は遼寧型空母2隻を保有し、さらに米海軍のニミッツ型空母に匹敵する大型空母2隻を建造中と言われる。
南朝鮮国防省と文在寅大統領政権は、国防中期計画を昨年8月に発表し、CVXプロジェクトとして2033年までに3万トン級軽空母を取得し、2.6兆ウォンを投じると発表した。現代重工業(HHI)と大宇造船海洋工学(DSME)の2大造船会社がそれぞれバブコック・インターナショナル、フィンカンティエリなど欧米企業と提携し、契約の獲得に向けて競争中だ。
これまで、CVX推進派は、南朝鮮の周辺海域、南シナ海などの紛争地域、日本の独島(竹島)領有権主張などの海洋安全保障の重要性が高まっていることから、南朝鮮型空母の必要性を強調し、これに対しCVX反対派は周辺国の海軍力、消費コスト、開発時間などから空母は不要と主張している。
CVXへの風当たりが強まる
HHI がCVX軽空母のモデルを MADEX 2021で公表した
大韓民国海軍(ROKN)の野心的なCVXの見通しがどんどん暗くなってきた。3月9日の大統領選挙で、リベラルな文政権の次の新大統領に国民の力党の尹淑烈Yoon Suk-yeolが当選し、厳しい批判にさらされてきたCVXプロジェクトは終焉に近づくようだ。
同プロジェクトでは国会の予算審議で、当時与党だったリベラル派の民主党と保守派の国民の力党が対立するなど、浮き沈みを繰り返してきた。しかし、新政権が国防政策に大きな変化をもたらすと予想され、軽空母保有に否定的な立場をとってきた国民の力党の新政権に、CVX事業の継続に懐疑的な声が強まっている。
尹の現大統領移行チーム会長安哲秀Ahn Cheol-soo は、大統領選で尹と単独立候補に合意した際、「軽空母と高機能戦闘機のどちらが必要かを議論すれば、より良い解決策を生み出す相乗効果が生まれる」と述べており、空母よりF-35やKF-21など戦闘機取得に比重を置く。
尹の初代国防相候補で元統合参謀本部(JCS)副議長の李鍾燮退役中将Lieutenant General Lee Jong-supも、CVX事業への見解を問われ、「南朝鮮の野心について様々な意見があることは承知している」と答えるなど慎重姿勢を示した。また、李は軍事力向上を考える上で重要な基準として、戦略・作戦構想、軍事的要求事項の充足、国益への貢献、費用対効果などを挙げている。
南朝鮮海軍は、南朝鮮国防分析院(KIDA)の条件付き承認と国防省の全面承認で事業を進めてきたが、昨年国会で2022年予算審議で強い反対を受け、CVX予算は当初の72億ウォンが5億ウォンに大幅削減された。本会議で超党派合意を引き出せず、民主党が72億ウォンのCVX予算を完全に盛り込んだ予算案を強行通過させたため、現地報道では「青瓦台と文大統領の考えが完全に反映された」と解釈された。
革新党が「VIP議題」としてきた同事業だが、尹政権で勢いを増すことはないだろう。南朝鮮軍のある関係者は「昨年、与党が予算案を強行通過したように、新政権と国民の力党は文前政権が主導したCVX事業を成功させないと言いかねない」と話した。
南朝鮮海軍の CVX 計画に対する DSME の初期提案。
新政権、国防の新たな優先課題とは
CVX開発を阻む要因がもうひとつある。尹大統領がウクライナでのロシア軍の大失敗を教訓に、軍再編に力を入れる可能性がある。ロシアは核兵器を誇示し、対外的にどう見られるかに集中しすぎ、配備された部隊の戦闘能力の強化に関心がないまま、敗北した。ウクライナ戦は、新技術の武器を保有する巨大な軍より、戦闘任務を着実に遂行できる部隊の方が効果的だと証明している。
この教訓を南朝鮮海軍に当てはめ、尹大統領は、軽空母のような目玉資産の獲得よりも、乗組員数、弾薬備蓄、精密誘導兵器の強化、整備頻度の増加、停泊期間の再調整など、現行の軍事力を最大限発揮することを好むかもしれない。
実は、二大政党はともに、南朝鮮海軍が内部的に抱える問題、すなわち、2020年以降の潜水艦での乗組員の離脱者増加、KDX駆逐艦の地対空ミサイルの標的誘導装置の故障、標的誘導装置の予熱に時間がかかる、誘導装置の高価格と主要部品の不足、などを提起していた。また、DAPA(国防調達計画管理局)も縮小され、その機能は各軍または国防省に移管される可能性がある。このように南朝鮮軍の戦闘態勢を保証し、訓練を強化することは、大型新兵器の取得を躊躇させることにもなる。
退任迫る文政権の最高幹部が報道陣に「専門家を招いた公聴会や討論会を開き、視聴者の理解と意思疎通を深める」と回答したが、昨年12月に「南朝鮮海軍は一時も休まずCVX計画を継続する」と明らかにした文大統領が任命した海軍作戦部長(CNO)金正秀提督 Admiral Kim Jeong-sooは、次期大統領により別の提督に交代する。このため、CVXで不確実性が高まり、新政権のテーブルに残ることはないだろう。総合判断すれば、大規模だが物議を醸すCVXプロジェクトが新政権に継承されるかの分かれ道となるのは国防省が後日発表する2023-2027年の新中期国防計画だろう。
KSS-III級は、第一世代の原子力潜水艦の基盤となる。韓国は経験豊富な国、おそらくフランスと提携し、開発を迅速に進めることができる。
原子力潜水艦K-SSNの今後は?
SSNあるいはSSBNと呼ばれる原子力潜水艦は、核燃料で理論上無制限に海中で活動でき、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)あるいは通常兵器でいつでもどこでも敵を攻撃できる戦略物資として、世界中の海軍の「夢の兵器」だ。
SSNやSSBNの保有国は、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インドの7カ国だけだ。今年初めの金正恩の演説によれば、北は2020年代半ばまでに7番目となろうとしている。
ソウルは2000年代初頭の故盧武鉉大統領以来、K-SSN導入を継続検討してきたものの、まだ実現していない。文在寅大統領はSSN取得を大統領公約としたが、ワシントンの政治的懸念、韓米平和協力協定、核燃料取得ルートの不足などで、青瓦台は膠着状態に陥ってしまった。チャン・ボゴ3(KSS-III)バッチ3の要求性能では、4000トンのSSNの開発が目標とある。
また、バッチ3は排水量5000トン以上で、国産弾道ミサイル「ヒョンムー」をベースにSLBMを10発搭載するとされるが、国防省は「今の段階で言及するのは適切ではない」として、具体的な推進システムに関するコメントを避けている。
CVX空母打撃群の想像図. ROK Navy picture.
CVXとKSS-Nプロジェクトで国内世論と政治を味方に
CVXが近隣諸国や南朝鮮国民で関心を広く集めているように、K-SSNも、対北コスト効果の高い対潜戦能力の向上と、戦略抑止力としてのSSNの必要性という、二極化の世論に火をつけている。厳密に言えば、南朝鮮世論はK-SSNに党派を超えた支持を示している。
KRi(南朝鮮研究院)とKINU(統一研究院)が昨年10月から11月にかけて実施した世論調査では、調査対象の南朝鮮人1006人のうち75.2%がSSNに賛成した。民主党支持の有権者の78.3%、国民の力党支持者の72.9%が賛成している。
大統領選挙でSSN問題は論点にならなかった。当時の与党・民主党は原子力潜水艦の必要性を主張した。民主党の李在明候補は、韓米同盟と二国間外交協力に基づくSSN保有を公約に掲げ、ワシントンを説得し核合意を変更させるとした。
これに対し、尹次期大統領は、ワシントン、東京との3極安全保障協力に基づくISR(情報、監視、偵察)の強化を優先するようであり、中国北朝鮮のため必要となった場合にSSN獲得を進めると予想される。尹は大統領選に立候補して以来、SSNやCVXの代わりにTHAAD(終末高高度航空防衛)を防衛力強化の対象としてよく挙げていた。
しかし、北のSLBM実験とSSBN核弾道ミサイル潜水艦開発の意志がこれまで以上に強くなっており、中国が米海軍へ対抗し海洋進出を加速する中、尹政権がSSNを真剣に検討する誘惑にうち勝つのは困難になるかもしれない。国民の7割以上が支持する原子力潜水艦保有に対し、国民と政界を無視することは、容易ではないだろう。
CVXに実質的に反対していた李鍾燮国防長官Lee Jong-sup がSSNに肯定的な姿勢を示し、「原子力潜水艦はディーゼル潜水艦より高速で長時間潜航できるため、運用効率が良い」「国防予算や技術水準、周辺の安全保障環境の変化などを考慮する必要がある」と述べた。李長官は、核燃料取得問題の解決で重要となる要素として、緊密な連携と二国間のコンセンサスの絆を挙げた。
新政権がSSNの選択肢を完全に放棄することはないと思われ、国防開発庁ADDや研究機関による研究開発を継続するものと思われる。
同盟国の牽制と非対称性によるパワーバランス
南朝鮮海軍士官学校の柳智勳Yu Ji-hoon教授やニューヨーク州立大学のエリック・フレンチEric French 教授がディプロマットに寄稿し、K-SSNへの米国の支援を求めただけでなく、フィリップ・ルフォー Philippe Lefort駐韓フランス大使も昨年9月、南朝鮮政府と核廃棄物の再処理に関する協力または取引で協議する意思があると伝え、空母や原子力潜水艦に関する軍事技術をフランスがすべて保有していると強調している。
インドのシンクタンク、Institute for Defence Studies and Analyses の東アジアセンターのコーディネーターJagannath P. Panda は、米国が AUKUS から南朝鮮を排除し、SSN技術の移転や支援を拒否すれば、ソウルはパリと協力しSSNを開発すると見ている。キム・ヒョンジョン Kim Hyun-jong国家安保室第2部長は2020年10月ワシントンを訪問し、K-SSN向け核燃料供給を要請したが、ホワイトハウスは核不拡散原則を理由に断った。だが、オーストラリアへの原子力潜水艦譲渡は例外的に決定している。
南朝鮮国防大学のパク・ヨンジュンPark Young-jun教授は、北の核兵器開発が進む中、南朝鮮はSSN含む抑止力の獲得に集中するべきで、政府レベルで信頼獲得措置を取る必要があり、原子力の軍事利用が相互核合意で禁止されている以上、米国の信頼獲得が最重要と主張した。
核武装した北を抑止し、アジア太平洋の海軍力整備に遅れを取らないためにはSSNが必要とする主張に説得力が増している。中国や日本の海軍は、南朝鮮に比べて規模や質で優れると言われており、戦力差の克服はかなり困難だ。北東アジアの軍拡競争は並行して進行しており、非対称的な資産で別の指標を相殺する必要がある。
朝鮮半島の安全保障状況と国内世論がSSN建造の重要性を高めているが、膨大な費用と時間が障害として残る。豪州戦略政策研究所(ASPI)の調査では、SSN8隻の建造費に1710億豪ドルを試算している。SSN は今のところ、国民から見て CVX よりは説得力があるものの、核武装7カ国の技術水準に達するため天文学的な予算を投入しても各国との技術ギャップを埋められないとなれば、国民は効率性と実行可能性に疑問を投げかけるはずだ。
もう一つ処理すべき問題がある。SSNの核燃料だ。原子力潜水艦の建造経験がある国から技術や知識を導入する必要があるとの指摘もある。現在の韓米原子力協定では、南朝鮮のウラン濃縮は20%以下、軍事目的での使用は制限され、尹大統領は毎年10月の2国間戦略協議(SCM)や尹・バイデン首脳会談で、将来の抑止力とあわせ、北の脅威に直面する国防の大きな観点からこの問題を話し合う必要がありそうだ。
CVX想像図 HHI image
大局観で先を見通せ
尹大統領は韓米関係の重要性をよく認識しており、最終的にクアッドに加盟しワシントンと強固な同盟関係を維持すると宣言した。バイデン政権もこれを認識し、同盟関係の強化と協力関係の緊密化に大きな期待を寄せているので、尹大統領の意志があればK-SSNとあわせ核合意修正の議論を再燃させられるだろう。K-SSNがアジア太平洋地域と同盟国の安定にどう貢献するのか、米国の説得は新政権の外交力にかかっている。
文政権は、クアッド諸国や欧州同盟国ほどワシントンと積極的に同調しなかった、バイデンは、成長する中国と北朝鮮抑止の目的だけのために、1970年代以来40年以上にわたりミサイル開発を阻止してきた韓米ミサイルガイドラインを2021年5月に解除して先例を作った。北東アジアを取り巻く安全保障上の変数が、今後5年間の尹大統領の任期中にどう推移するか次第で、核協定の微小変更にもタカ派的な反応を示すホワイトハウスの姿勢も中期的に、おそらく2020年代後半に変化する可能性がある。
豪州のSSN取得に対する最近の姿勢の変化は、米国が中国海軍の海洋進出に対抗する目標と現実的な国益が一致する場合に、行動を起こすことを証明している。
AUKUSの出現にフランスは反発し、豪州はフランスのディーゼル潜水艦の売却契約を破棄したが、NATO(北大西洋条約機構)、Quad(四極対話)、AUKUSに南朝鮮、日本、インド、 ヨーロッパが加わり、より広い枠組みで体系的に連携する多国間安全保障協力体制で協力できる可能性がある。ホワイトハウスのカート・キャンベル国家安全保障会議インド太平洋調整官は、AUKUSを「オープン・アーキテクチャ」と呼び、将来的にアジアや欧州諸国へも何らかの形で参加する、道を残している。
南朝鮮海軍は昨年10月以降、数回にわたりSLBMの水中発射実験に成功し、最近では海上でSLBM2発を20秒間隔で同時発射した。南朝鮮は世界で初めて在来型ディーゼル潜水艦に自前SLBMを搭載した国だ。したがって、平壌と北京の脅威の下で、国民及び軍事戦略上のSSNに対する要求は時が経つにつれ増えてくる可能性がある。■
Prospect: CVX and K-SSN in South Korea's New Administration - Naval News
Daehan Lee 17 May 2022
Daehan Lee currently works for aerospace and defense-related projects in Seoul, also being a political, security affairs researcher writing about inter-Korean naval acquisition and development. He previously worked at the U.S. and Belgian Embassies in Seoul, the People Power Party, and election camps. Prior to his work in politics and foreign affairs, Lee served for the Republic of Korea Navy as an assistant to the Vice Admiral and a translator for Master Chief Petty Officers of the Navy, shortly working at the Joint Chiefs of Staff. Fields of interest include the Asia-Pacific security, defense acquisition, Korean politics and foreign policy.
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