3月30日、東シナ海公海で海上自衛隊の駆逐艦が中国漁船と衝突した。台湾の沿岸警備隊も中国漁船と同様の衝突事案に遭遇している。中国海警がヴィエトナム漁船に衝突し沈没させた事件が数日前にパラセル諸島海域で発生していた。中国は何を企んでいるのか。
SF界の巨匠ロバート・ハインラインが読者にこう警句を与えていた。
敵の行動を愚行と片付けてはいけない。理解に苦しむ行動を相手が取るのは背後に悪意があるからであり、自然発生したわけではない。初期段階は無難な説明を探してもよい。ハインラインには悪いが、筆者は若干手を入れたい。見方が狭すぎる。愚行や意図的な悪意以外の選択肢もある。能力不足、役所仕事の延長、純粋な事故で人の考えや行動に歪みが生まれる。ハインラインはすべて愚かさに分類した。
こんなのはどうか。敵意ある行動をすべて人的エラーで片付けるな。これならハインラインの智慧の本質のまま現実に対応できる。
そこで今回の日中海上衝突事件を見てみよう。偶然事故の可能性はある。発生時間は夜間で海域は混雑していた。2017年の米海軍衝突事件の教訓から第一線の軍艦の乗員でさえ、過労や訓練不足で危険を招くことがあるとわかる。技術が進歩しても人的エラーの撲滅は不可能だ。日本側あるいは中国の乗員、または双方が暗闇の中衝突したのかもしれない。
ハインラインの命題に修正が必要だ。「敵意の存在を排除してもいけない」というのはどうか。
相手が中国共産党(CCP)であればなおさらだ。中国政府は民兵を漁船団に編入し、海洋戦略の一環としてきた。海上民兵は非正規海軍部隊の扱いだ。人民解放軍海軍(PLAN)と海警が正規部隊として拡充されてきた。中国が海上民兵を実際に投入したのは1974年のことで、南ヴィエトナムからパラセル諸島を奪い、短期ながら流血の事態を発生させた。民兵の乗る漁船を海警が支援する形式は南シナ海で2009年から続いている。中国政府は「譲る余地のない国家主権」を広大な南シナ海で主張しており、条約で他国が保有する海域もここに含めている。非正規部隊は2012年にフィリピン海軍とスカボロー礁でにらみ合いを演じ、フィリピンの排他的経済水域に深く入り込んだ。CCPが認めた海域に漁船団が大挙入り、現地国の海軍沿岸警備隊が退去を求めても怖いもの知らずだ。現地で抗議の声が上がれば、海警が民兵の支援にやってくる。事態がこじれればPLANが支援する構図だ。
民兵は共産中国にとって弱小国対応用の戦略的先兵の扱いだ。相手は弱小国に限らない。尖閣諸島で民兵の乗る漁船や海警艦船はこの10年で当たり前の光景になっている。そのあげく、CCP高官は尖閣の共同管理を提案している始末だ。その先に同諸島の占拠があるのは明らかだ。中国の揚陸作戦能力を恐れ日本も海上、航空の両自衛隊のプレゼンスを同地区で強化してきた。日本の主権を守りつつ侵略は抑止するという考えだ。陸上自衛隊も島しょ移動型の「動的統合防衛部隊」として南西諸島部侵攻を排除する作戦構想を打ち立てた。
こうした動きはPLA指揮官に都合がよい。日本が中国に匹敵するプレゼンスをしても中国軍は数の上でまだ優位だ。海警、海上民兵、PLANの組み合わせがあれば汗を流さずに紛糾する海域で大きなプレゼンスを実現できる。他方で日本の海上保安庁、海上自衛隊は歩調を合わせるのに苦労を強いられる。ただでさえ隻数が限られるのに多数を現地派遣することになる。常時配備すれば乗員、装備でしわ寄せが避けられない。艦船の保守整備に時間が割けられなくなる。PLAは現地にプレゼンスを置き日本の疲労困憊を待てばよい。
この方式は中国の伝統的戦略と合致する。孫子は敵に「緊張・疲労」を発生させる配備、欺瞞の策を推奨した。敵を疲弊させた方が勝者だ、と孫子は述べた。消耗した敵に一撃を加えれば決定的な打撃となる。島しょ部防衛に当たる日本がこの立場で、長期間に渡り高密度の作戦を維持する必要がある。
欺瞞ではCCPの設立者毛沢東の思想がPLAに染み込んでおり、戦役で欺瞞はつきもの、これで十分と言う水準は存在しないとある。毛は孫子思想を参考に敵を完敗させるには「通常」「特別」双方の部隊が必要とka考えた。通常部隊が正面で戦い、特別部隊は敵の弱点をつき、通常部隊を優位にする。「戦いにおいて、双方の部隊の組み合わせは無限にある」(孫子) PLAはこれで敵を劣勢に追い込む。
PLANが通常部隊、海警・海上民兵は特別部隊だ。平時には特別部隊が前面に立ち、通常部隊は待機し、有事に通常部隊が活躍する。双方に保護の傘を差し伸べるのが沿岸配備のミサイル部隊や航空部隊で、双方あるいはいずれかの部隊がトラブルとなれば火力を提供する。この陸上装備がPLAには第二の特別部隊となり、残りを補助できる。孫子、毛ともにしたり顔であろう。
欺瞞理論の大家バートン・ホェーリーがCCPの東シナ海戦略が日本に与える危険性をこう説明している。「欺瞞作戦の構成要素は常に2つだ。本心を偽る、隠すかのいずれかだ」とし、本心を偽り相手に真実を見えなくさせながら、本心を隠し虚偽を示す。敵に真実と違うイメージを植え付ければ成功だ。戦術、作戦、戦略の各段階で優位性が強まる。
ホェーリーは隠蔽策の例として「リパッケージ」を上げる。これは「偽装して真実を隠すことで、物事を別の言い方に変更してしまうこと」だという。揚陸部隊のリパッケージ策としてPLA海兵隊を海警艦艇や漁船に乗せる可能性がある。尖閣諸島周辺を巡行する非正規部隊が正規部隊の攻撃効果を与えるかもしれない。中国が尖閣諸島周辺での作戦を強化して悪意を隠すかもしれない。これはここ十年で実行されている。この結果としてCCPは尖閣諸島の統治権をめぐる対立に軍事力を使わず解決を模索しているとの印象が生まれる。ホェーリーは中国は海警や民兵で通常さを装うはずという。尖閣諸島近辺で中国ののプレゼンスを普通に日本に感じさせられれば、決定的な一撃を突然与えるチャンスがひろがる。
「おとり」も欺瞞作戦の典型とホェーリーは述べる。「注意を反らせ虚偽の姿を示すこと」で、中国は尖閣諸島から日本の関心を反らすため、別の場所で手をうつ、あるいは同時進行でなにかはじめるかもしれない。海上自衛隊艦船への衝突もこの一環の可能性がある。おとり作戦は特別部隊の役目で、尖閣諸島への日本の目をそらせなくても、日本に資源投入を続けさせればよい。孫子・毛の伝統を引き継ぎ、民兵・海警隊員で現場に日本部隊を釘付けできれば中国が決定的な一撃を加える前に優位な状況が生まれる。
中国の欺瞞作戦の目的は日本の海上部隊を消耗させ、自己満足させ、本来の主戦場から注意を反らせることにある。その後、一発発射するわけだ。
今回の中国漁船が海上民兵だったのか日本が解明していないのなら全力をあげて答を出すべきだ。仮に答えがイエスなら、中国は東シナ海で企んでいることがわかる。逆に関係なかったら、それでおわりだ。中国は周辺海域で海上交通を活発にするのには戦略的な意味がある。一部船舶は日本側艦船と接近し、誤った行動につながることもあろう。日本は防御姿勢を強めるしかない。CCP首脳部は現時点は中国に有利と理解しているのかもしれない。米海軍が西太平洋に配備中の空母2隻がパンデミックで戦力を発揮できなくなっており、米海軍のトップも混乱している。
敵を孤立させることが限定戦に先立ち必要となる。対決の前に事態を簡単にしておき、戦力バランスを自軍に有利にすれば、決定的な勝利を短期間で実現できる可能性が増える。日米同盟は外交面で健全だが、軍事的にほころびがあると中国が判断する可能性もある。米国がウィルス対策に追われ、艦船や航空機を投入できなくなっているからだ。絶好の機会が来たと中国が判断する可能性がある。機会が消える前に行動を取る誘惑に駆られる可能性がある。誘惑がこのまま残るのかはわからない。
ハインラインのCCP向け警句にも修正が必要だ。悪意の存在で説明がつく中国共産党の行為を人的エラーのせいにすべきではない。だが、人的エラーを排除してもいけない。ここ数年の中国政府の悪行を習近平一味のしわざと証明できれば勝ち目が増える。この解決方法なら安全だし、警戒態勢を維持できる。
注意せよ、日本!
ホームズ教授はハインラインがお好みのようですね。このブログのオーナーも同様です。TANSTAAFL!(この記事は以下を再構成したものです。)
Is China Getting Ready for an East China Sea Showdown?
James Holmes is J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College and coauthor of Red Star over the Pacific, a fixture on the Navy Professional Reading List. The views voiced here are his alone.