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パンデミック時代の安全保障

第二次大戦終結後初めて米海軍空母の機能を封じる敵が出現した。敵対国家ではなく、ウィルスだ。米軍事力の究極の象徴が目に見えない敵に屈し安全保障分野に驚きの声が広がっている。ロシアや中国との大国間軍事対決に備える中で、米国はより危険なパンデミック流行に関心をはらってこなかった。
米海軍は3月31日に空母USSセオドア・ローズヴェルト乗組員多数がグアム島内施設への隔離を開始したと発表。艦内で中国ウィルス疾病が大量発生した。同艦は1月から太平洋でのパトロールを展開中で、3月24日に初症例3件の発生を報告。3月30日には症例が100名になり、艦長ブレット・クロジアー大佐から緊急文書が海軍に発信され、大量発生の阻止対策を求めてきた。艦内で乗組員同士が距離を置くことは不可能で、隔離検疫施設はないと艦長は訴えた。クロジアー艦長は同艦の戦闘能力を犠牲にしても寄港し乗組員多数を避難させ、アウトブレイク状態が落ち着くまで待つしかないと判断した。
太平洋ではUSSロナルド・レーガンでも2症例が見つかったとの報道がある。ニミッツ級の両艦は空母打撃群の中核であり、米国の兵力投射能力の根幹である。レーガンでも乗組員の退去が必要になれば、米国は太平洋の同盟国防衛と自国の国益の防護の象徴を失う。
ローズヴェルト事案はパンデミック疾病が国家安全保障に及ぼす脅威を改めて教えてくれた。影響が一番軽くても軍の即応体制に影響が出るし、交代部隊を派遣すれば国内の公衆衛生に穴が開く。悪意ある勢力ならこの機会を捉え混乱と破壊を企てるだろう。
それでも最悪のシナリオと比べればこれなど軽いものだ。流行病で死亡した米国人の合計は戦死者を上回る。現在の予測が正しければ、中国ウィルスによる死者はヴィエトナム戦、朝鮮戦争、イラク・アフガニスタン戦の死者合計より多くなる。さらに現在直面しているウィルス以上の致死性を持つものがある。1918年のインフルエンザ流行は40百万名の生命を奪い、第一次大戦の戦死者の4倍に相当する。
米国政府が今回の事態を超大国間の武力衝突に匹敵する脅威と同様に受け止めてこなかったのは残念でならない。国家安全保障担当補佐官だったジョン・ボルトンは国家安全保障会議でパンデミック脅威が所管の事務局が格下げされたことに警告を出していた。トランプ政権の例にもれずパンデミックへの準備体制も近視眼的かつ予算計上が不足している。
パンデミック関連の安全保障は通常型の脅威への準備と比べるといかにも劣勢だ。昨年も国防脅威削減庁の生物関連脅威に関する各国協力予算が極超音速ミサイル開発に流用されてしまった。国家核兵器安全保障部門は予算が2割増額で新型核兵器調達に向かう中で疾病制御予防センター(CDC)の予算は15%減らされた。2019年度の連邦予算で公衆衛生関連事業は136億ドルだったが、2021年度予算要求でトランプ政権は核兵器開発関連に460億ドルを計上している。
今こそ行動のときだ。疾病発生の歴史を見れば、次の大流行の発生はもしもではなく、いつになるかの問題だ。軍には各種任務があり、さらに追加したところでリスクや対策費用が減るわけではない。パンデミックへの準備として「政府全体」による対応が必要だ。その中で国防総省には多省庁にない能力があり、パンデミックへの準備体制もある。しかし、予算は公衆衛生担当部門に直越投入したほうが次の伝染病流行の予防、発見、対応に効果が出る。分担と予算執行を適度に行えば、ペンタゴンも減量運営を強いられよう。少なくとも表面的には。国防と無関係の連邦、州政府、地方当局あるいは民間団体に権限を与えれば猛威を振るう疾病への対策がもっと効果を上げるはずだ。
ノーエル受賞者ジョシュア・レダーバーグは「人類最大の脅威は地球上にずっと居座っている。それはウィルスである」と述べた。生医学研究も公衆衛生の準備体制も国際協力も全て世界規模での衛生面での安全保障実現で鍵となる。次の世界的流行が現実になる前にこうした柱を強化したいものである。 
パンデミック時代の国家安全保障はもう始まっている。■

この記事は以下を再構成したものです。

National Security in the Age of Pandemics

  • Gregory D. Koblentz is an associate professor and director of the Biodefense Graduate Program at George Mason University’s Schar School of Policy and Government. He is also a member of the Scientists Working Group on Biological and Chemical Security at the Center for Arms Control and ... FULL BIO
  • Michael Hunzeker is an assistant professor at George Mason University’s Schar School of Policy and Government. He is also the associate director of the Center for Security Policy Studies. He served in the U.S. Marine Corps from 2000–06 and holds an A.B. from the University of California, 

コメント

  1. ぼたんのちから
    今回の事例は、米海軍の空母乗員に感染症が広まると、空母の不活性化が可能であることを示した。最近のニュースでは米海軍の4隻の空母乗員が武漢肺炎に感染し、米海軍の戦力が大幅に低減したことが伝えられている。隔離期間を考えると、少なくても半月は、大きな戦力低下となる。これは安全保障の面から由々しき事態である。実際、PLAは東アジアでの挑発行為を強め、緊張関係を高めている。
    この事例は、PLAにとって新たな奇襲攻撃戦術の手段を付け加えることになる。すなわち軍事力による攻撃の前に、致死性が高く、感染力の強い生物兵器による奇襲攻撃である。PLAが前もってワクチンや治療方法を持っていれば、新たな戦争は一方的なものになりかねない。
    このように考えると、今回の事例は、安全保障上極めて深刻な問題となる。そしてこの問題は、米国ばかりでなく、日本の問題でもある。
    PLAは、生物兵器として既にコロナウイルスばかりでなく、致死性の高い人-人感染可能な鳥インフルエンザウイルス等を保有しているだろう。そして、武漢のP4設備を持つウイルス研究所がPLA管理になったことは、洗練された生物兵器開発が可能となり、生物兵器戦争を新たな次元へと押し上げることになるかもしれない。

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