NATOに春がまもなく来るのか。
4年間にわたり米国の気まぐれな態度に振り回されてきた欧州各国の外相、国防相に安堵の観がある。バイデン次期大統領は外交再構築を公約している。
とはいえ創設後71年でエマニュエル・マクロン大統領によれば「脳死」状態のNATOに必要なのは強い投薬であり、現状回帰では不十分だ。▼NATO事務局長ジェン・ストルテンバーグが公表したリフレクショングループによる分析では再構築と改革が必要とし、さらに中国問題にあらたに焦点を当てるべきとある。▼報告書は「2030年のNATO:新時代にむけた結束」の題名で70ページ足らずだが提言が138点も並んでおり、今後の立案実施を正面から取り上げている。▼中国に関しては情報操作への対抗からアジア諸国との連携強化まで取り上げている。
だがNATO加盟国に中国対抗へ舵を切ることに抵抗を感じる向きもあるはずだ。NATOにはスエズ以東には戦略的な行動用の軍事装備も意図も欠如している。▼NATO海軍部隊に任務実施は期待できない。▼たしかに英国は大型防衛予算を投じカタパルトなしの通常型空母二隻を整備し、F-35Bを調達している。▼ドイツ海軍はスキャンダルに振り回されているが、その他NATO加盟国の海軍部隊は高い水準を保ち、優れたプロ意識で費用対効果が高い艦艇を運用している。
残念なことに技量はあるが、性能が不足だ。▼英海軍の水上艦艇は23隻にすぎず、この規模でも運用人員にことかく状態である。▼重要な北大西洋に投入できるNATOの攻撃型潜水艦は6隻しかない。▼状況は好転しているものの2018年に北大西洋で投入できた空母は一隻のみだった。▼これでは退潮傾向のロシア海軍の封じ込めさえも不可能で、ましてPLANには手が出ない。
NATOは近隣のリビアに対してさえ、限定航空戦の実施に苦労している。▼2011年当時の加盟国28カ国のうち参戦したのは8国にすぎず、しかもほとんどが弾薬、予備部品がすぐに底をついてしまった。▼NATO加盟国はムアマル・カダフィ放逐後のリビアの治安維持に積極的な関与は拒否した。▼現在リビアは内戦状態にあり、ヨーロッパの玄関口に安全保障上の腫瘍となっている。
もうひとつの問題ははるかに規模が大きい。▼ヨーロッパには中国に対抗する意思が欠如している。▼各国指導者はストールテンバーグ含め「中国は我々と価値観を共有していない」と発言するものの、こうしたレトリック以外では中国へ対決意欲を示す兆候はNATO加盟国に皆無に近い。
イタリアは一帯一路に参加しており、その他加盟国にも中国のインフラ投資の恩恵を受けているものがあり、特にバルカン諸国だ。▼2019年9月のヨーロッパ外交関係協議会調査ではドイツ国民で米中戦勃発の際に米国の側に立つ答えたのは10%のみで、7割は中立を保つべきと回答している。残る13国も同様の感情を回答してた。
たしかにヨーロッパはファーウェイの5Gネットワークへの依存による危険に気づいており、コロナウィルスから中国への警戒心を強めている。▼だからといって中国との対立に向かう進展は見られない。▼中国との競合にのめり込む動機がなく、手段もないため、NATOとしては米国含む各加盟国向けにはヨーロッパが直面する安全保障課題に直球で焦点を合わせるのが一番となる。
課題ではロシアが一番上に来る。米国の外交政策上のリアリスト派はロシアとは暫定協定でリセットを図り、緊張緩和で浮いた力を中国に向けられると考えている。▼この目標は理解できるし、実現可能だろうが、単独で実施できない。▼新START条約の延長、オープンスカイズ条約への復帰など外交面で緊張を下げ、信頼関係はある程度まで回復可能だろう。だが現状の西側世界はロシアの挑発行為に振り回されている。
NATO加盟国でも地中海に面するフランスやイタリアはロシアよりテロ対策、難民対策を重視しており、フランス軍はマリで対テロ作戦を展開中で、その他NATO加盟国も兵員、航空機等をイラク、シリアでの対ISIS作戦に供出している。
報告書をまとめたリフレクショングループは中国のアフリカ内プレゼンス強化に言及し、ロシアも軍事アプローチを強めているとするが、PLANがジブチに海軍基地を確保する、エジプトでのランジェリー販売など中国の商業活動はヨーロッパにとって脅威ではない。▼実際に中国によるインフラ投資他商業活動はヨーロッパがめざすアフリカでの安全保障上の目標に合致する。▼地中海への経済難民も減るからだ。▼中国の影響力が増大し、リフレクショングループのいう「NAOTの南方」で勢力が増えてもヨーロッパは懸念というより歓迎するはずだ。
ヨーロッパは歴史上の長い休日にある。▼ヨーロッパ各国市民は武力対決は冷戦終結とともに過去の遺物となった考えている。▼ロシアがクリミアを併合してもこの概念に変化はない。▼NATO非加盟国のスウェーデンが一気に40%もの国防予算増額に走ったが、ドイツなど恩恵だけ享受する各国の防衛予算増額はごくわずかだ。
ヨーロッパの弱さは地上部隊の戦闘態勢のような基本要素でも明らかだ。▼2017年のRANDレポートはNATO三大国、フランス、ドイツ、英国あわせ一週間以内に投入可能なのは装甲大隊一個、一ヶ月以内でも装甲旅団3個足らずとしている。▼ロシアの既成事実づくりに懸念するNATOにとってこれでは十分と言えない。▼しかも年間65億ドルの米予算によるヨーロッパ防衛構想があってもこの状態だ。
NATOはアジアで中途半端な米軍補助部隊になるのではなく、ロシアに専念することで中国へ対抗できる。▼ロシアが中国と連携を強化し、同盟関係を樹立すれば、米国に両国へ対抗する力はない可能性がある。
接近阻止・領域拒否手段の進化で米国による欧州安全保障への貢献度に制限が生まれる。▼米陸軍がめざす大規模戦のマルチドメイン作戦構想では大国間戦闘で米増派部隊投入は困難になると想定している。▼ここからふたつの選択肢が生まれる。▼在欧米軍を強化するか、NATOの欧州加盟国にロシア軍へ対抗させるかだ。▼前者の実現可能性は極めて低い。後者で米国は中国への対抗る力を増強できる。▼米上院議員で選択を迫られれば、米国はアジアでの対決の前にヨーロッパの安全は放棄すると公言したものが現れた。
NATOの欧州加盟国が集団安全保障に関与を深め、軍事力再建を真剣に考えるべきとのリフレクショングループの指摘は正しい。▼NATOは遠方より自らの近隣地区に注意を払うべきだ。NATOが加盟国さらにグローバルな安全保障に最良の貢献をするにはまずヨーロッパの安全保障に注力すべきだろう。■
この記事は以下を再構成したものです。
NATO's New Purpose: An Alliance Reborn to Take on China?
December 15, 2020 Topic: NATO Region: Europe Blog Brand: The Skeptics Tags: ChinaNATOMilitaryTechnologyRussiaHistoryAllies
Gil Barndollar is a senior fellow at Defense Priorities.
欧州NATO軍の弱体化からの復活は、10年以上かかるだろう。
返信削除冷戦終了後、欧州は、ロシアの弱体化を見て、著しく軍縮を行った。この傾向は、プーチンが軍備を強化し、クリミア半島を奪い、中東やアフリカで戦争があり、テロが横行しても変わらない。欧州は、米軍に大きく依存し、付き合いはするものの、域外のことなど関係ないかのようにふるまっている。この判断と行為は、正しいのであろうか?
EU、及び欧州内NATO軍は、経済的、軍事的にかなり大きいものであるが、これは数字の上の話である。EUの安全保障は、基本的に米国任せで、米国が対テロ戦争から対中露競合、特に対中国へと国家戦略を変え、戦力を西太平洋へ移動するとなると、欧州NATOがその穴を塞ぐ必要があるが、これには長い期間が必要になるかもしれない。
結局、NATOは弱体化することになるだろう。いや、EU瓦解はもとより、NATOそのものも消滅する可能性が高いかもしれない。欧州からの米軍の引揚がその引き金になるかもしれない。
欧州大国はその地位を低下させ、危機感が著しい東欧等ロシア周辺国は、トルコのように軍事力を強化し、限定的であるがその影響力を周辺へと波及させることになるのだろう。これはロシアとの戦争危機になり、欧州全面戦争へと広がる可能性がある。そうなれば欧州の最終的没落は避けられないだろう。この欧州全面戦争は、第3次世界大戦とはならない。なぜなら、欧州の世界へ影響を及ぼす範囲は、過去の対戦時より著しく小さくなっているからだが、欧州自身は、それを自覚しないだろう。