マクダネル・ダグラスの偵察ヘリコプター100機近くが米国との戦争状態が未終結の国に持ち込まれ同社は裏をかかれた思いだった。
2013年7月27日、金正恩が見守る前を装甲歩兵輸送車両や戦車が行進し、米国との血なまぐさい戦争終結を祝っていた。そこに米国製MD 500Eヘリコプター4機が低空通過した。この時初めて米製ヘリコプター87機が北朝鮮に密輸入されていたことが明らかになった。しかも25年以上前に。
MD 500は米陸軍が採用したOH-6カイユース軽観測ヘリコプターの民生型で陸軍は1960年代から運用している。「空飛ぶ卵」の愛称がつくすっきりした外形の同機は負傷者搬送、輸送ヘリ護衛、偵察任務はては地上部隊への軽火力支援でミニガンやロケットポッドを搭載するなど各種任務に投入された。非常に安価で1962年にわずか2万ドルで納入され、機動性に優れ、小型形状を活かし、他のヘリコプターでは運用不可能な場所に着陸できた。
ただし、敵火力を大量に浴びヴィエトナム戦では1,400機投入されたOH-6Aの842機を喪失した。その後進化したMH-6、AH-6「リトルバード」特殊作戦用ミニガンシップはアフリカ、中東で米軍が使用している。
話は1980年代に遡る。マクダネル・ダグラスに102機の発注が届いた。発注元は西ドイツの輸出業者デルタ-アヴィア航空機でクルト・ベーレンスが経営者だった。1983年から1985年にかけ米企業アソシエイテッドインダストリーズがデルタ-アヴィア向けに86機のMD 500D、E型、ヒューズ300(二人乗り小型機)一機を6回に分け、日本、ナイジェリア、ポルトガル、スペインへ輸出した。
しかし1985年2月に、米商務省は輸出仕向地に虚偽申告がを見つけた。例えばロッテルダムでおろされた15機はソ連貨物船プロロコフに移動された。同船は北朝鮮でヘリコプターを荷揚げした。同様に日本に到着した貨物船から香港で2機が北朝鮮貨物船に転送された。そしてアソシエイテッド・インダストリーズを経営するセムラー兄弟がデルタ-アヴィアの大株主だと判明した。
結局87機が北朝鮮の手に渡ったが、残る15機は差し押さえられ、セムラー兄弟は北朝鮮禁輸措置を破った容疑で訴追された。デルタ-アヴィアはダミー企業で、取引完了で10百万ドルが手渡される約束だったと判明した。またロンドンの保険代理店が本件に絡み、スイスの銀行口座で資金洗浄されていた。
マクダネル・ダグラスはだまされ米国と交戦状態を解除していない国家に偵察ヘリコプター100機近くを送ってしまった。ただし、セムラー兄弟は罪を認める代わりに軽微な懲罰をうけただけで、ベーレンスからヘリコプターの仕向地について虚偽情報を受けていたと主張。支払った罰金は兄弟が手にした報酬よりはるかに低い金額だった。ベーレンスに至ってはMD 500は軍用機ではないので禁輸対象にあたらないとの疑わしい主張も陳述した始末だった。
その後、CIAがこの密輸取引に気づいていたと判明した。全体を取り仕切ったは北朝鮮のベルリン大使館付武官で西ドイツ内のソ連企業を表向き使用していた。ただしCIAは民間刑事当局に本件を通知しなかった。大使館を盗聴した事実が明るみに出るのを恐れたためだ。
北朝鮮はがMD 500をなぜ求めたのか。民生型には高度技術や特殊軍用装備はつかず、北朝鮮どころかソ連もこうした装備を喉から手が出るほど欲しがったはずだ。
民生型と軍用型MD 500を合法的に入手した国は多数ある。なんといっても低価格が魅力であり、ガンポッドやロケットを搭載すれば軍で使用できる。そうした国のひとつが南朝鮮で、大韓航空はライセンス生産でMD 500を270機以上同国の陸軍、空軍向けに納入した。
そうしてみると北朝鮮がMD 500を入手したのは南朝鮮の標識をつけ軍事境界線から侵入する狙いがあるためだろう。奇襲攻撃や工作員の潜入で破壊工作をするためか。北朝鮮は特殊作戦部隊に20万名と世界最大規模の隊員がいると述べており、ここまでの規模は世界にない。南と開戦となれば、北はトンネル、潜水艦、モーターボートの他ヘリコプターで隊員数千名を南に潜り込ませ、混乱とパニックを巻き起こすだろう。事実、全斗煥大統領(当時)は潜入を容易にしたと米国へ不満を表明していた。
北朝鮮はMD 500機材を長年に渡り温存しており、稼働状態を維持するべく部品確保に苦労しているはずだ。2013年に機体を公開したが、2016年の元山航空ショーにも4機が登場していた。
平壌で目撃されたMD 500は対戦車ミサイル4発を搭載し、旧式のロシア製マリュートカ-P(NATO呼称AT-3 サガーC)の国産化装備で、有線誘導による半自動攻撃手段だ。AT-3の旧型は1973年のヨム・キッパー戦(第4時中東戦争)でイスラエルのパットン戦車を血祭りに上げ一躍その名を知られた。つまり北朝鮮は小型ヘリコプターでお手軽な対戦車攻撃も想定しているのか。
ダミー企業を使う装備品密輸は北朝鮮だけの専売特許ではない。イランは米国でF-14トムキャット用の部品を買い集めている。1992年には英国がダミー企業を立ち上げ、モロッコ向けT-80戦車数台をロシアから単価5百万ドルという高価格で購入し、英国で解体評価したのち米国に移動した。近年では2015年に米国市民アレクサンダー・ブラジニコフが逮捕されている。アイルランド、ラトビア、パナマ、他五カ国のダミー企業を使い、65百万ドル相当の電子製品をロシア国防省、情報機関、核開発事業に密輸したためだ。
だがこうした事例も新品ヘリコプター87機を米国から入手した北朝鮮の前では色があせる。■
この記事は以下を再構成したものです。
June 7, 2020 Topic: Security Region: Asia Blog Brand: The Reboot Tags: North KoreaMilitaryTechnologyWorldU.S.History
How North Korea Got It's Hands On 87 U.S. MD 500 Helicopters
Pyongyang is not the only nation to attempt such shenanigans using shell companies.
コメント
コメントを投稿
コメントをどうぞ。