アラスカがニュースに出る頻度が増えている。ほぼ毎日のように北米空域に向かうロシア爆撃機に米空軍戦闘機がスクランブル出撃している。太平洋地区で初のF-35共用打撃戦闘機飛行隊はアラスカのイールソン空軍基地で今春運用開始した。サウスダコタからB-1Bランサーがベーリング海ヘ飛びカムチャツカ半島をかすめる経路をとり、日本領空まで超長距離飛行した。その他事例もあり、実ににぎやかな状態だ。
空軍は一連の動きをペンタゴンの目指す「動的戦力展開」“dynamic force employment” モデルの一環とし、通常は本国近くにある部隊を予想を超えた頻度で遠隔地に派遣する構想で、米軍が大規模戦力を遠隔地点へ展開する能力を有するのを敵想定国に示す意味がある。平時の戦略競合は他のドメインでも展開している。情報、サイバー、経済の各分野だ。
戦略競合関係とは軍事力で相対的な強み弱みを会話するようなものだ。双方が戦略的に優位だと示し、有事には勝てないと他方に信じ込ませようとする。パンデミックが一段落し競合が復活する中、戦略競合は相手を動揺させる言葉の応酬に似ている。
アラスカは太平洋と北極海の交わる一等地であり、超大国間の言葉の応酬の舞台となっている。その手段が空軍力と海軍力である。そのためこの地区の重要性が増している。
地政学者ニコラス・スピクマンが指摘するのは地政学上の地域区分が地理上の区分けと異なることだ。地理はほぼ固定しているが地政学では時に応じ変化し、競合国の衰亡に左右される。北極海方面では物理面政治面で同時進行で変化している点で他と異なる。地球物理上で文字通り姿を変えつつある。米海軍の海洋学予測では温暖化で毎年数週間だけ新しい海上航路が生まれその後再び氷結すると見ていた。北方水路はロシア沿岸に2025年まで毎年6週間にわたり通航可能となるというのが海軍の予測だ。北西通路がカナダ北方からアラスカ沿岸に伸び、通行可能となるのは間欠的だ。驚くべき変化は年間二三週間だけだが北極点を通る北極横断通路があらわれることだ。
海上交通で新しい可能性が生まれると経済面軍事面で意味がある。気温上昇の経済効果はすぐ現れる。北極海を経由すれば東アジアと西欧で所要日数が4割短くなる。海上移動の費用が減ればサプライチェーン全体に朗報だ。ロシアにとってこの意味は大きい。北極を中心に部隊移動が容易になればたとえ年間数週間だけとはいえロシア海軍は歓迎するはずだ。大西洋、インド洋、太平洋を経由する長期間の部隊移動が気候変動で不要となる。ロシアの視点では状況が有利になる。ニューノーマルの活用をロシアが急ぐのは無理もない。
温暖化はアラスカ周辺で地政学的変化を生んでいる。まず、アラスカはベーリング海峡をはさみシベリアに隣接し、太平洋と北極海が交差している。大西洋から東方へはアクセス地点が多数ある。ベーリング海峡は北極への西からのアクセスとして唯一の存在なので重要度が高い。また両大国がそれぞれの領土を防護しており、通航可能な海路は狭い。
地政学ではアジアの「第一列島線」は日本北部から台湾を通り、フィリピン、インドネシアまでとしている。東アジアや東南アジア問題というと南に目が向きがちで、最北部は地政学で注目を浴びてこなかった。
アリューシャン列島はアラスカ州の一部で最北部の列島線を構成しており、北米本土とカムチャツカ半島を結ぶ位置にある。アリューシャン列島線は南からベーリング海峡をつなぎ、米軍は同地を通過する海上交通ににらみをきかすことができる。日本帝国海軍は第二次大戦中にアリューシャンの地政学的重要性に注目した。山本五十六海軍大将はアリューシャンを左側面と位置づけ、ミッドウェイを南方の戦場とした。側面防御のため山本はアッツ島、キスカ島の占領を命じた。
次に、シベリアと同様にアラスカからもベーリング海峡の通航が監視できる。NATOは北極海全体での動きに警戒を強めている。半ば閉鎖された海域で大国間の競合が生まれるのは異例だ。地中海で大国が覇権を争ってきた。ペロポネス戦争でアテネとスパルタがエーゲ海で、ポエニ戦争でローマとカルタゴが、16世紀にはオットマン帝国と西方各国が対抗した事実がある。地域勢力だった米国はカリブ海、メキシコ湾で隣国を圧倒した。中国は南シナ海で対立を深めている。北極海とアラスカの地政学を歴史や海洋地理に照らし合わせると次に発生する事態とその対処方法が見えてくる。
そうなると新しい世界が北方に生まれつつある事態にわが国指導層はアラスカとどんな準備をすべきか。戦略専門家の意見で2つの見方がある。まずアルフレッド・セイヤー・マハンは海上権力の構成要素を三点とした。各国を海に向かわせる原動力は交易だ。交易が生む富が海上交易路を守る海軍力の整備につながる。商船と軍艦がモノと兵力を各海域を移動させる。積み荷の荷降ろしや補給のため港湾施設が本国以外にも必要となる。海洋国家にはマハンが呼ぶ「海上権力の連鎖」が必要となり、つながりが強固なほどよい。政界、経済界の指導層はこの連鎖を強固に保つべきであり無視は許されない。
二番目にマハンの跡をついで海軍大学校で教鞭をとったJ.C.ワイリーだ。軍事戦略の究極目標を「武力を備えた人員を現場に配置しておくこと」とした。任意の地点で任意の対象を優秀な火力で制圧することを意味する。ヒトは陸上で生活するので戦争は陸上で雌雄を決する。海軍、空軍は地上部隊の勝利を支える存在だ。だが、ワイリーも海軍士官であり兵力を海上に移すことをよしとしていた。戦いの舞台となる海域や空域を制圧するため十分な規模の火力を投入し敵を圧倒する必要がある。火砲やミサイルを操作する水兵や搭乗員をワイリーの方程式に投入すると北極海戦略が見えてくる。防衛体制の強化が必須だ。
こうした高い知見からアラスカをめぐる方針決定で行動指針が見えてくる。まず海上輸送だ。米国には北極海での運用可能な船舶が必要だ。砕氷艦は北極海水路の利用可能性を広げる。米沿岸警備隊の砕氷艦は数隻のみだが寒冷地運用に長けている。同時に予算規模があまりにも低く懸念される。トランプ政権で砕氷艦の新規建造案があり、原子力推進となると思われるが、これは出発点にすぎない。もっと大きな点がある。現行の巡視艇でこれから出現する北方海域を監視するのではなく、議会・政権は沿岸警備隊の艦艇数を増やすことに尽力し、戦略的優先順位に予算を割り当てるべきだ。、目標は北氷洋でロシア、中国に対抗できる部隊の編成だ。
基地は別の話だ。ここ数年のロシアは北方沿岸沿いに施設構築を活発に行ない、艦船航空機による北極海監視体制を高めようとしている。マハン流の考え方が背景にある。民間と軍の艦船は修理補給のため北方に基地が必要だ。海軍沿岸警備隊ともに監視地点に無期限に艦船を貼り付けられず兵站補給地点が必要だ。重要海域を補給や装填のため離れれば勝利は収められない。そのため新規の港湾施設で支援する必要がある。
最後に同盟国だ。NATO戦略では欧州同盟各国はロシアを警戒し東方に目を向けている。北米では大西洋でヨーロッパからロシアに抜ける緊急事態へ注意を払っている。温暖化でNATOも垂直方向の戦略が必要となり、北極海に面する同盟各国は北方海域での国益防衛を迫られる。アラスカでいうと米国カナダの各レベル指導層と協力協調して海洋戦略の調整を図るべきだ。ワシントン、カリフォーニア、ヴァージニアからジュノーの指導層も地政学の現状で学ぶものは多い。州政府レベルにも海洋権力の影響が入ってくるのである。■
この記事は以下を再構成したものです。
June 13, 2020
by James Holmes
James Holmes is J. C. Wylie Chair of Maritime Strategy at the Naval War College and the author, most recently, of A Brief Guide to Maritime Strategy. The views voiced here are his alone.
コメント
コメントを投稿
コメントをどうぞ。