政策立案者の情報への反応(注意を払うだけでは不十分で、それを信じて行動することも含む)が、情報内容と同様に重要である。
ロシアのウクライナ侵攻で目立つ特徴の一つに、バイデン政権が強く、明確に、かつ公然と予測していたことがある。バイデン大統領はじめ政府の評価は、あまりにも明確であったため、ロシアが開戦に踏み切らなかったらオオカミ少年になっていただろう。もちろん、戦争回避が西側の目的だった。
ロシアが侵攻するはずがない、プーチン大統領は武力示威で目的を達成するだけ、という専門家、評論家、コメンテーター多数の予測と、政権の姿勢が正反対だった。誤って予測した人たちは、謝罪の必要はない。(例外は、ソ連の指導者ニキータ・フルシチョフの曾孫にあたるニュースクールのニーナ・フルシチョワNina Khrushcheva教授で、「かなり恥ずかしい」と認めた)。また、「ロシアの侵攻はない」とのヨーロッパの通説に反して、政権が正しく予測したことも事実である。
外部から見て、政府内部での分析を評価する際に、今回の米国情報の成功で一つ注意すべき点は、プーチンの意思決定で正確な順序が分からないことだ。プーチンの対ウクライナ武力行使での考えは、バイデン政権の想定以上に条件付きのものであり、開戦決定が、米国はじめとする西側諸国の危機対応の影響を受けていた可能性がある。バイデン政権への批判勢力は、次のような議論の展開を期待している。戦争が起きるぞと大声で繰り返す予測しても、プーチンには侵略者のレッテルを付いており、失うものは何もない、という主張だ。
しかし、プーチンは今回の侵略により、経済制裁の大幅強化で、失うものが多くなった。さらに侵攻を正当化するプーチンの手の込んだ偽歴史的言説などの証拠をみれば、まさに米国政府が言うように、侵略が前もって計画されていたのがわかる。プーチンは、旧ソ連邦スラブ地域への長年の思いに基づき行動し、各地を再統一し、聖ウラジーミルの再来になろうとしているのである。
となると米国情報機関と政策立案者の評価は的を得ていたといってよい。今回の事例から、情報と政策に関し2つの一般的な見解が導き出される。
まず、今回の事案で、あらためて情報機関の成功・失敗に国民や政治が非対称的な反応を示すことがわかる。戦争、革命、核実験など、海外で異例な事態が起こり、米国政府が予測していなかった場合、世論調査は「情報の失策」と断じる反応が多く出る。あるいは、そのバリエーションとして、情報機関が仕事をしなかった、政策立案者が情報機関の意見を聞かなかった、という疑問が投げかけられる。今日、一部例外はあるが、ロシアの動きの予測に成功したという話は皆無に近い。
今回の事例が、次回の「情報の失敗」騒ぎの際に思い出されるかどうか興味深いところだ。おそらく、それはない。失敗や失敗と思われる事態が発生した後のお決まりのパターンは、根本的な制度的問題に帰することで、事案の固有事情はおざなりとなる。
もう一つ、仮に情報が完璧で、政策立案者が情報に注意深く耳を傾け、受け入れていても、米国が最善の努力をしたとしても、不測の事態を防ぐことは不可能だ。今回のバイデン政権の積極的な情報公開は、プーチンの意図を先取りし明らかにすることで、軍事計画の実行を複雑にし、回避を狙う戦術であった。最終的に侵略を防げなかったが、この戦術は試す価値があった。暴露することで、ロシアの計画を複雑にし、実行を思いとどまらせる可能性もあった。
今回の事例は、1967年の中東戦争でリンドン・ジョンソン大統領に米情報機関が開戦の可能性とイスラエルが短期で勝利するとの優れた分析を提供した事例を想起させる。CIA長官リチャード・ヘルムズは、この成功でジョンソン大統領政権で国家安全保障上の意思決定の場に座ることが許されたといわれる。しかし、ジョンソンの努力にもかかわらず、イスラエルは開戦に踏み切った。
今月のロシアとウクライナの状況は、1967年にジョンソンが直面した場合と似ている。
政策立案者の情報への反応(情報に注意を払うだけでなく、信じ、それに基づいて行動することを含む)は、常に情報内容と同様それ以上に重要だ。バイデンが攻撃に関し公に予測を繰り返す大胆な行動に出たことは、驚くべきことである。また、バイデンの前任者が、ロシアの違反行為に関し、自国の情報機関よりプーチンを信じると公言したのと大きな対照を示している。■
The Shot That Was Called: Intelligence and the Russian Invasion of Ukraine | The National Interest
February 25, 2022 Topic: Russia-Ukraine War Region: Europe Blog Brand: Paul Pillar Tags: Ukraine CrisisUkraineRussiaNATOIntelligenceVladimir Putin
Paul Pillar retired in 2005 from a twenty-eight-year career in the U.S. intelligence community, in which his last position was National Intelligence Officer for the Near East and South Asia. Earlier he served in a variety of analytical and managerial positions, including as chief of analytic units at the CIA covering portions of the Near East, the Persian Gulf, and South Asia. Professor Pillar also served in the National Intelligence Council as one of the original members of its Analytic Group. He is also a Contributing Editor for this publication.
Image: Wikimedia Commons.
「常識」的に推測すれば、プーチンのウクライナ侵攻は、失うものがあまりにも大きく、実行は有り得ないだろう。国際社会に「常識」など元々存在しないが、国益やその他の評価基準に照らしても、実行すべきでないとの結論になるだろう。
返信削除今回のロシアの戦争予測で気になっていたことが一つあり、それは米国の専門家の「開戦」予測の多さである。これは米政権からの情報の流出のためと考えるが、その情報の根拠がよほど信頼できるものだったのだろう。この意味で米情報機関は十分役割を果たした。
西側は、ロシアに米露戦争のリスクなしの軍事行動のフリーハンドを与え、さらに開戦した場合、罰を与える「罠」を仕掛けた。そしてプーチンは、愚かにもこの「罠」に飛び込んだ形だ。
プーチン肝煎りのお粗末な戦争計画と弱体化していたロシア軍により、ウクライナ戦争の行方は全く分からなくなってしまい、戦争は継続し、ウクライナ国民とロシア兵の被害は予測がつかなくなるほど大きくなるだろう。西側の武器援助だけでウクライナの優勢は確保できず、泥濘が全ての問題を解決するのかもしれない。
近い将来、プーチンの命運は遠からず尽き、ロシアは中国に一層依存し、世界はより不安定な時代に突入することになる。