イスラエルは核兵器保有を公式に一度も認めていない。
非公式には同国は世界に核兵器保有国と認知されるのを望み、現実の脅威を前にした場合には核兵器使用もいとわないとする。イスラエルの核兵器保有数では80発から300発との推定がある。後者だと中国を抜く規模だ。
イスラエル軍は当初は空中投下式核爆弾、ジェリコ弾道ミサイルを供用してきた。エジプト・シリア軍がイスラエルを攻撃した1973年のヨム・キッパー戦争ではイスラエルはF-4ファントム8機に核爆弾を搭載し、出撃体制を維持した。アラブ軍が前線突破すればカイロ、ダマスカスを核攻撃する計画だった。
中東唯一の核保有国イスラエルはたえず敵の先制攻撃で核ミサイル、攻撃機が地上で撃破され、報復攻撃手段がなくなる事態を恐れてきた。現時点で先制攻撃能力を保有する敵対国はイラン、シリアに限られる。
そこでイスラエルはイラク、シリア、イランのミサイル・核技術に強硬な対策をとり、空爆、妨害工作、暗殺まで実施してきた。加えて、第二次攻撃能力、つまり残存性の高い兵器体系を開発し、敵一次攻撃が効果を上げても一定の核報復能力を目指してきた。
核保有国の大半は原子力弾道ミサイル潜水艦を供用し、数ヶ月潜航し、敵中枢を破壊する弾道ミサイルを発射する体制にある。
だが原子力潜水艦にSLBMをそろえ整備するのはニュージャージー並の人口しかないイスラエルには耐え難い支出となるので、同国は負担可能な代替策を模索した。
1991年の第一次湾岸戦争でアラブ諸国への弾道ミサイル技術、化学兵器の拡散でドイツ科学陣の関与が判明した。これでサダムフセインはイスラエルにスカッドミサイルで攻撃を加えた。実はイスラエルは1960年代初頭から工作員をドイツへ送り、アラブ陣営の依頼で働く兵器開発技術者の暗殺、拉致、爆殺を展開していた。
ドイツ首相ヘルムート・コールはイスラエルが被った被害への補償構想を温めながら、冷戦終結で打撃を受けたドイツ造船業の救済策も狙っていた。ドイツの造船業HDWはディーゼル電気推進潜水艦209型の輸出を1970年代から開始し、世界で60隻近くが採用されている。
コールは209型拡大版二隻の建造費全額を補助する提案をし、ドルフィン級と命名された。また三隻目でも50パーセント補助が1994年に実現した。ドルフィン級の潜航時排水量は1,900トン、全長57メートル、乗員35名で特殊部隊隊員を10名まで収容可能だ。三隻は1999年から2000年にINSドルフィン、レヴァイアサン、テクマ(「復興」)として就役した。
ドルフィン級の兵装は533㍉DM2A4大型光ファイバー誘導式魚雷の発射管6門、ハーブーン対艦ミサイルに加え、650㍉の発射管があり、他の艦と際立つちがいになっている。これは特殊部隊隊員用で偵察、破壊工作ミッションに使う。
ただしこの大型発射管に別の機能として潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM)発射があり、核弾頭搭載も可能だ。
米国は1990年代に潜水艦発射式トマホーク巡航ミサイルの供与を拒否しており、ミサイル技術規制枠組みで射程300キロ超の巡航ミサイルの提供ができないのが理由だった。
そこでイスラエルは国内開発で対応した。2000年に米海軍はイスラエルのSLCM試射が930マイル先のインド洋標的へ到達するをレーダー探知した。このミサイルがポパイ−ターボだといわれ、200キロトン核弾頭を搭載する空中発射式巡航ミサイルを改良したものだ。ドルフィン級は2013年にシリアのラタキア港を通常兵器弾頭の巡航ミサイルで攻撃したとされる。
イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ政権はさらに三隻のドイツ建造潜水艦ドルフィン2級を調達した。2012年にダーシュピーゲル誌がドルフィン追加調達分の任務に核兵器運用があることをドイツ技術陣が承知していたと暴露し、社会は騒然となった。メルケル首相が売却を承認したのはネタニヤフにパレスチナへ宥和的態度を取らせるのと交換条件だった。イスラエルは二隻、ラハヴ(「ネプチューン」)、タニン(「クロコダイル」)をまず取得し、三隻目ダカールが加わる。
ドルフィン2級は2,400トンの新鋭212型で大気非依存型推進技術を搭載し、速力は25ノットに伸びた。AIPで静粛な潜航が実現し、低速なら数週間の潜航が可能となった。
これでステルス政海艦が実現しただけでなく、核抑止長期哨戒任務が可能となった。弾道ミサイル搭載AIP推進艦は中国の清級32型潜水艦が他にあるのみだ。
ただし、TNIでおなじみのロバート・ファーレイはイスラエルの水中配備核抑止力に地形上の制約を指摘している。現時点で想定する標的はイランのみだが、イスラエルから距離が離れている。イスラエル潜水艦が配備されているハイファからテヘランはイスラエル艦の有効射程930マイルぎりぎりで、巡航ミサイルはシリア、イラク上空を1時間飛翔する必要があり、航法と残存性で課題が残るという。
ペルシア湾からなら近くなるが、スエズ運河(エジプト管理下)を通過する、アフリカを周回航海する(ドルフィン級では実質的不可能)あるいはイスラエル南端でアカバ湾にのぞむエイラート海軍基地に配備する(エジプト、ジョーダン、サウジアラビアに囲まれる)選択肢を迫られる。端的に言えばイスラエル潜水艦をイラン南方に配備するには中東他国の協力、支援が必要で、危機シナリオでは実現がむずかしい。
イスラエルの核搭載SLCMより他の核兵器運搬手段の実用性が高いというファーレイの指摘は正しいのだろう。現時点でイスラエルは核兵器を保有する敵国に対峙していないが、第二次攻撃能力の点では海中発射式核兵器は純粋な軍事効果よりも政治的な兵器といったほうが正しいのかもしれない。■
と、2018年初出のこの記事はまとめていますが、2020年末にイスラエル潜水艦がホルムズ海峡を通過しペルシア湾に初めて進出しています。この際はエジプトが承認しており、状況は今や大きく変わり、イスラエルの抑止力はイランに照準をあわせています。例によってこの記事は以下を再構成したものです。
Known Secret: Why Israel Operates Nuclear Submarines
January 9, 2021 Topic: Security Region: Middle East Blog Brand: The Reboot Tags: MilitaryTechnologyWeaponsWarIsrael
Sébastien Roblin holds a master’s degree in conflict resolution from Georgetown University and served as a university instructor for the Peace Corps in China. He has also worked in education, editing, and refugee resettlement in France and the United States. He currently writes on security and military history for War Is Boring. This first appeared in 2018.
Image: Reuters.
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