U.S. MISSILE DEFENSE AGENCY
ドイツはイスラエル製弾道ミサイル防衛システム「アロー3」の最初の導入国になりそうだ
ロシアがウクライナを侵攻したことで、ドイツは軍備の大規模な見直しとして、イスラエル製ミサイル防衛システム「アロー3」を選択したとの報道が相次いでいる。成約すれば、西ヨーロッパにユニークな対弾道ミサイル能力が生まれ、アロー3の初の輸出販売ともなり、ドイツとイスラエルの軍事関係が強固になる。
今週初め、ベルリンを訪問したイスラエルのラピド首相 Yair Lapidは、ドイツがイスラエル航空宇宙産業(IAI)のアロー3を購入する交渉中であることを確認したが、購入数や価格に言及しなかった。報道では、約20億ドルの潜在的な価格が取り沙汰されている。
ラピド首相は、ドイツのオラフ・ショルツ首相との共同記者会見で、「イスラエルは...主に防空分野で、ドイツの新しい防衛力構築の一翼を担いたい」と発言した。同首相は、イスラエルは「ドイツの安全、ヨーロッパの安全、そして自由民主主義国の自衛能力に全面的にコミットしている」と付け加えた。
ショルツ首相は、ドイツは地上配備の防空体制の強化を検討しており、「そのためにイスラエルと協力することに非常に熱心だ」と述べた。ドイツ首相は、アロー3について、「非常に効果的な製品 」と評価した。
これと別に、匿名ドイツ政府筋はロイターに、「アロー3を購入する計画はあるが、何も署名されていない」と述べた。ラピド首相は、ドイツ向け売却があったとしても、「将来的に可能な取引」だとも述べている。ブルームバーグも、ベルリンがイスラエル製装備品を「購入への予備決定」を行ったと報じている。
実際、2019年当時、イスラエル政府関係者は、特定の国名は出さなかったものの、アロー3輸出の可能性を口にしていた。イスラエル・ミサイル防衛機構の関係者は記者団に対し、「アロー3システムの海外輸出の可能性に関心がある」と述べた。しかし、その後、欧州の安全保障環境が大きく変化したことは明らかだ。
IAIはボーイングとともに、2008年から米国政府から多額の資金援助とその他の支援を受け、アロー3開発を続けてきた。アラスカでの実射試験など、開発・試験も継続的に行われている。アロー3は2017年1月にイスラエルが運用開始し、3カ月後にシリアの地対空ミサイルを撃墜した。
The War Zoneではこれまでアロー3システムを検証しており、その性能についてここで詳しく紹介した。要約すると、同システムはイスラエルの弾道ミサイル防衛の防空シールドの最上位層として開発されたものである。そのため、迎撃ミサイルのコンポーネントは、大気圏外用のキネティックキル・ビークルを搭載し、ターゲットに物理的に激突させ、飛翔段階で破壊する設計だ。
アロー3の主な標的は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を含むあらゆる種類の弾道ミサイルで、非常に高い高度と極めて高い速度で飛翔するものだ。特に核弾頭や生物・化学兵器を搭載の可能性のある弾道ミサイルに対しては、大気圏外での攻撃で安全性が高まる。
2016年、ハツォルイスラエル空軍基地で行われたジュニパーコブラ演習中のイスラエルの防空システム「アイアンドーム」(左)、地対空ミサイルランチャー「MIM-104パトリオット」(中央)、対弾道ミサイルランチャー「アロー3」(右)。GIL COHEN-MAGEN/AFP via Getty Images
イスラエル軍でのアロー3の主な役割は、イランが発射する核弾道ミサイルの脅威への防御を提供することにある。システムには、目標捕捉用のEltaのLバンドAESA(アクティブ電子走査アレイ)レーダー「Green Pine」シリーズも含まれる。同レーダーがドイツの「アロー3」に搭載されるか不明だが、このシステムは、米国のAN/TPY-2ミサイル防衛レーダーや、宇宙ベースの早期警戒衛星など、他のセンサーシステムとも組み合わせ、より広いミサイル防衛ネットワークの一部として使用できる。
IAI
ドイツの立場からすれば、アロー3はロシアの弾道ミサイル攻撃への防御の傘を形成する。クレムリンは、新世代のICBMを含む戦略ミサイル兵器に多額の投資を続けている。冷戦時代のSS-18に代わるものとして、最大10基の独立標的型再突入ロケット(MIRV)を搭載する大型ICBMサルマットSarmatがある。また、最近ロシアのICBMに加わったものとして、移動式とサイロ式のRS-24ヤール Yarsがあり、これも複数弾頭を搭載する。また、短射程システムも大きな関心事であり、アロー3の能力で対応できる。
戦勝記念日パレードのメインリハーサルで、モスクワの赤の広場を転がるロシアのICBM「RS-24ヤース」(2022年5月7日撮影)。 Photo by Contributor/Getty Images
現在、地対空ミサイル「ペイトリオット・アドバンスト・ケイパビリティ3(PAC-3)」が中心のドイツの地上配備防空システムで、アロー3は大きな性能向上を意味するだけでなく、ミサイル防衛の役割も持ち、ヨーロッパNATOの共同防空で広く意義を持つと言えよう。
先月、ショルツ首相は、自国の防空能力を高めるだけでなく、ドイツは「最初から、必要であればヨーロッパの近隣諸国が参加できる形で、将来の防空を設計したい」と述べている。席上で、ショルツはポーランド、バルト諸国、オランダ、チェコ共和国、スロバキア、北欧諸国を含む同盟国に言及した。
2014年3月、トルコのガジ兵舎にあるドイツのPAC-3およびPAC-2防空システムは、シリアからの潜在的なミサイル脅威に対抗するために配備された。Bundeswehr/Carsten Vennemann
ショルツ首相が提唱する共同防空ビジョンのアイデアは、ドイツ空軍の元トップ、カール・ミュルナー中将Lt. Gen. Karl MüllnerがBreaking Defense取材で語っていた。ミュルナーは、ドイツにアロー3を購入する計画があると確認すると同時に、一般的に弾道ミサイル防衛は、より広いヨーロッパの防空構想の基礎になると述べていた。しかし、プロジェクトがどう展開されるかは明確ではない。ミュルナーは、欧州各国がどの程度まで参加したいのか、防空設備への投資、資金提供、意思決定への関与のいずれを決定しなければならないと示唆している。
ドイツの防衛ジャーナリスト・評論家のトーマス・ヴィーゴールドThomas Wiegoldは、ドイツのアロー3導入計画に近隣諸国がどう参加するかは、「興味深い問題」であると述べている。
汎欧州的な防空システムの一部としてアロー3を導入すれば、域内同盟国をカバーできるかもしれない。また、他の国との協力体制により、部分的に資金を提供することも可能だろう。ドイツ軍は、A330多用途タンカー輸送機(MRTT)やC-130Jハーキュリーズ輸送機を運用するその他欧州NATO諸国との共同プログラムに参加している。さらに将来的には、フランス、ドイツ、スペインが推進する次世代航空戦闘計画「欧州未来型戦闘航空システム(FCAS)」でもドイツは深く関与している。
こうしたプロジェクトも含め、2月のロシアのウクライナ侵攻が、ドイツの防衛費増額が一因となっている。ショルツ連立政権は、国防予算を増やさなければ当時のトランプ大統領から脅しをかけられるなど、ベルリンが国防費に真剣に取り組んでいないという批判が長年続いていたが、軍の近代化を支援するために約1000億ドルを割り当てた。
ドイツのオラフ・ショルツ首相がリトアニアにあるNATO強化前方展開戦闘群を訪問。写真:Michael Kappeler/picture alliance via Getty Images
ドイツがアロー3を購入すれば、ミサイル防衛装備の候補に挙がっていた終末高高度防衛システム(THAAD)のメーカー、ロッキード・マーティンには悪い知らせとなるかもしれない。しかし、THAADの能力はアロー3と異なり、短・中距離弾道ミサイルの終末防御に特化したシステムで、重層的なミサイル防衛のコンセプトに合致するが、2つのシステムを同時購入する可能性は低い。
今年初め、ドイツはロッキード・マーティンF-35Aステルス戦闘機を購入し、ドイツ空軍に核搭載可能な戦闘機を再導入させると決定した。一方、ロッキードはドイツに新しい大型輸送ヘリコプターを提供する機会を逸している。6月にドイツ政府はボーイングのCH-47Fチヌークを採用し、ロッキード・マーティン傘下のシコースキーCH-53Kキングスタリオンを却下した。
イスラエル政府関係者には、アメリカ政府がドイツのアロー3購入を阻止する可能性への懸念があるという。
ドイツ軍向けCH-47Fチヌークの想像図。ボーイング社
アロー3は米国が多額資金を投入して開発されたため、米国は輸出販売に拒否権を行使できる。一方、Breaking Defenseが引用した匿名情報筋によると、米国は「ベルリンとエルサレムが折り合えば、ドイツ売却を黙認する」姿勢だという。
ドイツ政府とイスラエル政府が交渉を首尾よく終えた場合、次のステップは、2500万ユーロ(現在の為替レートでおよそ25百万ドル)以上の全調達案件を承認するドイツ連邦議会の予算委員会に提出することである。このプロセスにどれだけの時間がかかるかは別として、1,000億ドルの上乗せは一度限りであり、追加資金は2025年頃までに枯渇すると決まっているのが実情である。
欧州では、ロシアの攻撃的で拡張的な姿勢を背景に緊張が続いており、クレムリンで進行中の弾道ミサイル開発が欧州全域の懸念材料となっているのは驚くには当たらない。結局、ここ10年ほどの間、ヨーロッパでは弾道ミサイル防衛はそれほど大きな問題ではなく、近い将来、互角戦力を有する敵と紛争になるとはほとんど予想されていなかった。2月のロシアのウクライナ侵攻でその考えは変わったが、それ以前にもロシアが短距離弾道ミサイル「イスカンダル」をカリーニングラードに配備し、欧州全域の目標に届くようにするなど、警告のサインは出ていた。
その意味で、ドイツのミサイル防衛強化は、地域内取り組みの最初の一歩に過ぎないのかもしれない。アロー3のような装備品導入には高いコストがかかるため、ショルツ首相が提唱しているような共同事業で行われるかもしれない。
しかし、特にドイツでは防衛調達が長期化する傾向があるため、ベルリンがアロー3の最初の輸出先となるかどうか確認されるまで、しばらく時間がかかりそうだ。■
Germany Choosing Arrow 3 Missile Defense System Would Be A Big Deal
BYTHOMAS NEWDICKSEP 16, 2022 5:32 PM
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