US Military B-61 nuclear weapon. Image Credit: US DOD.
ロシアが戦術核をウクライナで使用した場合、抑止力は回復できるか?
ウクライナ西部の中心都市リビウは、不気味なほど静かだった。午前3時、リビウの西40マイル、ポーランド国境からわずか6マイルのヤボリブ基地上空で、鮮やかな閃光が放たれると夜は昼へ変わった。3分後、轟音で目を覚ましたリビウ市民は、地平線の南ストリイ方面にも閃光を見た。
プーチン大統領は、膠着状態と敗色が濃くなったのに業を煮やし、戦術核兵器の使用を命じた。米国が広島に投下した原爆「リトルボーイ」の半分以下、第二次世界大戦末期に長崎に投下した原爆「ファットマン」の4分の1の威力の核兵器だ。プーチンは当初、核兵器使用を否定していたが、空軍基地二箇所がウクライナへの兵器輸送の中継地である証拠が集まったのを理由に、核兵器利用を正当化した。ドイツとフランスは、さらなる核兵器の使用を恐れ、プーチンを批判する一方で、対話を求め、ウクライナに戦闘停止を要求した。
これはあくまでシナリオであり、仮説だが、考えうる事態だ。ホワイトハウスは、プーチンの核使用を懸念し不安を煽っているが、問題はもう一つある。
米国が日本に核兵器を使用した当時、ワシントンでは放射性降下物や放射能の恐ろしさの理解は皆無に近かった。トルーマン政権にとって核爆弾は、ドレスデン爆撃のような大量の航空機を必要とせず、都市を破壊する迅速かつ効率的な方法であった。また、トルーマン大統領は、大規模破壊で大日本帝国に衝撃を与え、戦争を早期に終わらせれば、日本への上陸作戦を回避でき人命を救えるとの信念で、核攻撃を正当化した。
核兵器の真実を世界が知ると、核への汚名は非常に大きくなった。冷戦時の米ソ両国は世界を数回滅ぼしても余りある量の核兵器を製造した。しかし、歴代の両国指導者は相手国代理勢力への核使用を避けてきた。1969年、ソ連外交官が、共産中国の初期核開発プログラムにモスクワが限定的先制核攻撃を行った場合への反応を内密にアメリカ側に打診したところ、米国は強硬に否定した。理論的には、この攻撃は限定的で、毛沢東の野心へのソ連とアメリカの懸念を解消する可能性があったにもかかわらずだ。核の汚名がつくのは、あまりにも危険だった。
問題は、汚名を着せる行為に前例がない場合、汚名が強固になることだ。最後の戦時核爆発から75年余り、ロシアが小威力とはいえ戦術核兵器を使用すれば、75年待つ大国は皆無だろう。
イラクでの自動車爆弾テロや斬首刑を考えてほしい。発生当初こそ、世界中の一面トップニュースだったが、犯行が一般化すると、その話題は紙面の奥深くに葬り去さられた。唯一の例外は、暴力が新たな規模に達した時である。リビア海岸でキリスト教徒集団が斬首された事件や、100人以上の子供が犠牲になった車両爆破事件などの例がある。
シリアのアサド大統領が化学兵器を使用した後で、オバマ大統領がレッドラインを守らなかったとの批判が殺到したのは、化学兵器を連続使用しても代償は軽微と示唆したためだった。化学兵器攻撃のたびに、衝撃は薄れていった。爆弾で殺されても塩素の雲で殺されても、犠牲者に何の違いもないとの主張さえ出ていた。
核兵器に話を戻そう。ロシアが戦術核兵器を使用すれば、10年以内に使用する他国が出現する。イランは精密ミサイルと濃縮ウランを保有しており、弾頭実験も行っている。ロシアがウクライナを核攻撃すれば、イスラム革命防衛隊はヤンブ、テルアビブ、バーレーンの第5艦隊司令部の攻撃を許可してもおかしくない。国際社会は、イスラエルや米国に同程度かそれ以下の攻撃で応戦するよう求めるかもしれない。しかし、こうした威力の制約は、使用するたびに徐々に損なわれていくだろう。
抑止力は、一部の政治学者の予想以上にもろいものだ。効果的な抑止力が欠如した世界は、はるかに危険な場所となる。自暴自棄になったロシアはますます危険だ。しかし、現時点の危機はウクライナよりもはるかに大きな問題だ。ホワイトハウスは、小威力核兵器でさえ使用すればただでは済まないとプーチンに確信させるべきだ。
What Happens if Russia Strikes with a Tactical Nuclear Weapon? - 19FortyFive
Now a 1945 Contributing Editor, Dr. Michael Rubin is a Senior Fellow at the American Enterprise Institute (AEI). Dr. Rubin is the author, co-author, and co-editor of several books exploring diplomacy, Iranian history, Arab culture, Kurdish studies, and Shi’ite politics, including “Seven Pillars: What Really Causes Instability in the Middle East?” (AEI Press, 2019); “Kurdistan Rising” (AEI Press, 2016); “Dancing with the Devil: The Perils of Engaging Rogue Regimes” (Encounter Books, 2014); and “Eternal Iran: Continuity and Chaos” (Palgrave, 2005).
質の高い記事をありがとうございます。
返信削除読んでいて、核兵器をもった為政者の都合で命を奪われる人々が出てくるということに怒りを覚えました。
自らの野望のためには核兵器使用のハードルを下げても構わない、といった野蛮な考えを持つ指導者に思い止まらせるのは、より暴力的な結果が待っているか、より良い未来の世界かということになるかと思います。
現在の国際連合、国際司法機関が核兵器所有国へ有効に機能していないので、国の指導者であっても暴挙を行えば捕らえられ、裁かれるという、別の枠組みが必要な時かもしれません。
理想論かも知れませんが。
私たちは、「B(頭脳)ゼロの世界(と言うよりもR(理性)ゼロの世界か?)」の中で、核戦争の恐怖に怯えて暮らさねばならないようだ。
返信削除記事のシナリオは、今そこにある危機であり、現実的なものだ。米国は、ウクライナ戦争を抑止できなかったと同じ理由で、ロシアの核使用を抑止できないだろう。プーチンの決断のみが唯一の抑止力か?
現在、バイデンは、米国の核戦略を見直し、通常兵器の延長に「使い易い」戦術核兵器を組み込みそうだ。これは北朝鮮やイランに対する抑止力になるかもしれない。
しかし、国家指導者が自国の人民に対する責任感の薄い、あるいは倫理的に問題のある国家にあっては、核兵器使用のハードルも著しく低いだろう。だからと言って、人権を謳う、道徳性が高いと思われる国家が戦術核兵器を使わないとの保証は何もない。
この風潮は、少なくても今世紀半ばまで続くだろう。その結果、東欧、中東、それに東アジアで核戦争のリスクが高まることになりそうだ。核大国の相互確証破壊による強力な抑止力が全ての核使用を抑制することは過去のものとなった。より危険な核小国の個人、あるいは小さなグループの手に核兵器使用のボタンを委ね、その使用を彼らの自己抑制に依存することは、恐怖以外の何物でもない。
そしてこのような安っぽい脅迫効果を、プーチンを始め、上記の彼らは狙っている。