ジョー・バイデンの外遊で中東の対立がさらに加速されてしまった。
ジョー・バイデン大統領のイスラエルとサウジアラビア公式訪問は、国内政治の古い習慣が、海外における米国の国益に関し、創造的思考や進展も圧倒できるかを実証した。今回の外遊の主な目的は2つで、1つは、世論調査の結果が芳しくない大統領の国内政治的利害に関わるものだった。多くのアメリカの政治家が選挙で必要だと考えていること、つまりイスラエルへの愛情を示すことがそのひとつ。もう一つは、米消費者に、ガソリン価格を下げるために何かしようとしていることを示し、それにより、インフレという大きな問題を緩和することだ。バイデンの政治的勝利の是非はともかく、今回の訪問は国益につながる利益は明らかにもたらしておらず、むしろマイナスの結果をもたらす可能性が高い。
ガソリン価格問題は、サウジアラビアの原油生産量に関わる。バイデンはサウジとの会談後、原油供給量を増やすために「今後数週間のうちにサウジがさらなる措置をとる」ことを期待するという曖昧な発言にとどまった。実際、サウジアラビアの能力と意思の問題から、そのような増加は最小限にとどまる予想するに十分な根拠がある。サウジ指導部は、日量1200万バレル、あるいは1300万バレルまで増やすと豪語しているが、サウジの石油業界関係者は重大な疑念を抱いている。アラブ首長国連邦のザイード大統領は最近、フランスのマクロン大統領に、サウジとアラブ首長国連邦はすでに石油汲み上げで能力の限界に近づいていると述べた。サウジの生産量は現在、約1050万B/Dである。サウジの最高生産量記録は、1カ月約1150万B/Dだった。
もしバイデンが本当に多くの石油を急いで世界市場に出させたいのなら、サウジを籠絡するのではなく、イランの核活動を制限した多国間協定である「包括的共同行動計画(JCPOA)」を米国が遵守する形に戻すことがそのチャンスとなる。そうすれば、世界第4位の石油埋蔵量を誇るイランへの石油制裁が解除される。イランは現在、制裁前と比べ、生産量を約130万bpd減らしている。JCPOAの締結で制裁が解除され、イランは4カ月で日量50万バレル、1年で約100万バレルの増産に成功し、増産能力の高さを示していた。また、イランが輸出に備えて停泊中のタンカー船に貯蔵中の石油コンデンセート約6500万バレルは言うに及ばずである。
バイデンはイランに対処するため外交を好むと言ったが、今回の外遊で姿勢は外交から戦争へと向かっている。イスラエルのテレビ局とのインタビューでは、JCPOA回復が前提でも、イスラム革命防衛隊を米国の外国テロ組織リストから削除する検討を再び拒否し、イランに対して軍事力を行使する意志を表明した。つまり、バイデンは、イラン核武装を阻止するため、前政権の純粋に象徴的なジェスチャーを取り払うことは望まないが、そのために新たな中東戦争を引き起こすリスクは厭わないと述べている。
今回の外遊では、イスラエルと湾岸アラブ諸国の関係深化を促すというメインテーマを含め、バイデンの中東政策がいかにドナルド・トランプを踏襲したものである形が浮き彫りになった。現政権は明らかに、バイデンの任期中にサウジアラビアがイスラエルと完全な外交関係に移行することを切望しており、他のアラブ諸国をそのステップに移行させることによって、トランプ政権が懸命に獲得した国内政治的ポイントを自らも獲得しようと考えている。
パレスチナ領土の占領、入植計画、パレスチナ人の自決拒否を続けているにもかかわらず、イスラエルが地域の他国と友好的な関係を享受できることを示している。しかし、前政権も現政権も、米国にとって、あるいは中東の平和と安定にとって、何が有利なのか説明していない。今回の関係強化は「平和協定」と異なる。関係するアラブ諸国は安全保障面も含めイスラエルと協力関係にある。
むしろ、反イランの軍事同盟であると、イスラエル国防相は明言している。バイデン政権が推進し、サウジが全面的かつ公然と参加するよう促しているのは、ペルシャ湾地域における紛争の激化であり、平和と安定に向かうのではなく、遠ざかる方向に進むことである。
イスラエルとアラブ諸国との関係強化は、中東のもう一つの紛争、すなわちイスラエルとパレスチナ人間の紛争を永続させる。イスラエルにとって、パレスチナ人との和解を回避することが、関係強化の目的であった。バイデンがヨルダン川西岸を短期間訪問し、パレスチナ自治政府という時代遅れの組織の不人気な八重奏者議長であり、今やイスラエル治安部隊の補助にすぎないマフムード・アバスと会談したが、米大統領が就任当初から、この紛争を少しでも解決に近づける、パレスチナ人を自決に近づけることに政治資金を使うつもりはないと明白にしていたのを思い出させる悲しい出来事となった。
今回の大統領訪問では、サウジアラビアがいかに重要であり、関与しないわけにはいかないか、したがってバイデンはサウジアラビアを「亡国」とするという以前の発言を撤回することが正当化される、という多くの論評が出た。確かに関与は必要だが、関与と大統領府の訪問はイコールではない。もし関与が重要なら、バイデンはなぜわずか3ヶ月前までサウジアラビア大使を指名せず、今も指名が確定していないのかと問うのが妥当だろう。
好むと好まざるとにかかわらず、大統領の訪問は、訪問先の指導者への報酬であり、評価であると受け取られる。ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)は、米国大統領が自分のところに来て喜んでいる。MBSはほんの数カ月前、大統領からの電話に出ることを拒否し鼻持ちならなくない存在になっていた。ジャマル・カショギの殺害を命じた支配者は、バイデン会談を利用し、イスラエルによるパレスチナ系アメリカ人ジャーナリスト、シリーン・アブ・アクレの殺害を隠蔽したことから、致死的虐待に関する政権の偽善を煽ったのだ。
この訪問がMBSの動機に影響を及ぼすとすれば、それは石油をより多く生産するためではないだろう。むしろ、サウジ支配者が王国内の深刻な人権侵害を是正したり、イエメンに対する壊滅的な空爆に代表されるサウジの地域支配とイランとの対立を追求する不安定な方法から手を引いたりする可能性を、さらに低くすることになるのだろう。
ジェッダ・サミットでの演説でバイデンは、米国はロシアや中国が埋めるべき中東の「真空地帯」を残すつもりはないと述べた。この発言には、大国が他人の地域に介入する際に「真空」の比喩が通常適用されるのと同じ問題がある。ガスを押し出すようなものではなく、むしろ相手側の反作用を引き出す可能性が高い。サウジアラビア外相はバイデン訪問時に、同国と米国および中国との結びつきは相互かつ排他的ではないと発言した。また、米国が推進するイランへの敵対心を前提とした同地域での活動は、イランをロシアや中国との緊密な関係に追いやるという効果を当然ながらもたらしている。このプロセスは、イランが上海協力機構に加盟し、バイデンの中東歴訪とほぼ同時期にロシアのプーチン大統領がイランを訪問したことで、より明確になった。
つまり、バイデンの中東歴訪の正味の帰結は、中東を以前にも増して紛争地化させてしまった。大国の関与という点では、米ソ冷戦時代に中東が土俵であったことと重なる。ただし、米側につく存在がイラン国王の独裁体制からエジプトのシシ大統領の独裁体制に変わり多少変わっている。■
Biden’s Middle East Trip Was About Domestic Politics, Not Peace
July 20, 2022 Topic: Saudi Arabia Region: Middle East Blog Brand: Paul Pillar Tags: Saudi ArabiaUAEIranIsraelAbraham AccordsGas PricesOilGreat Power Competition
Paul Pillar retired in 2005 from a twenty-eight-year career in the U.S. intelligence community, in which his last position was National Intelligence Officer for the Near East and South Asia. Earlier he served in a variety of analytical and managerial positions, including as chief of analytic units at the CIA covering portions of the Near East, the Persian Gulf, and South Asia. Professor Pillar also served in the National Intelligence Council as one of the original members of its Analytic Group. He is also a Contributing Editor for this publication.
Image: Reuters.
老いぼれバイデンが中東歴訪によって目に見える成果を得られなかったとしても、大失敗は言い過ぎだろう。そして、筆者は、米国の国益について近視眼的な見方を改めるべきだろう。
返信削除バイデンの中東訪問の目的はいくつもあるが、最も重要なのは、近未来での中東版安全保障体制の推進とサウジの取り込み、そして遠い将来も含めた米国のエネルギー政策の地ならしと思える。
そして、バイデンはこの目的をほぼ達成したのでなかろうか。バイデンは、イスラエル嫌いのオバマ政権の副大統領でなく、人権小児病でもない、多少意外であるが、米国大統領のあるべき姿勢を示したのだ。トランプ政権の中東外交をなぞったと言われたとしてもだ。
この結果、米国の免罪符を得たサウジの実力者、MBSは急速に米国との関係を改善し、中東安全保障体制への関与を模索するだろう。
他方、イランは、核合意交渉でのごね得をふいにすることになりそうだ。そして何よりも、北京ブロック(CCP中国、北朝鮮、イラン、パキスタン等)にロシアを加えた体制と、西側との冷戦が鮮明になると推測する。