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建国間もないイスラエルが核兵器開発の発足に成功した背景には国境を越えたたくみな資金調達ネットワークがあった。

 

The Japan Times

 

 

スラエルの核兵器取得の動きは1948年の建国にまでさかのぼる。建国の祖デイヴィッド・ベングリオンはホロコーストの恐怖とあわせアラブ周辺諸国の脅威を痛感していた。核兵器こそユダヤ国家存続のカギを握る最後の手段ととらえ、イスラエルに勝る通常兵力を周囲国が投入した場合をベングリオンは想定した。ただし、創設まもないイスラエルには必要な技術も資材もなく国産核開発がままならないことだった。そこでイスラエルは海外調達をめざした。幸いにもその願いを実現する条件が生まれた。

 

 

1950年代中ごろにフランスはアルジェリアを自国領土ととらえていたが、アルジェリア国内の抵抗勢力がエジプトから支援を受け強力となり、フランスの支配力は危機に陥った。そこでフランスはイスラエルの協力でアルジェリア情勢の情報収集を進め、代償としてフランス製通常兵器類を供与した。1956年には核技術も対象になったのは英仏両国が軍事介入の動きを示したいわゆるスエズ運河危機の発生だ。

 

ベングリオンはそもそもイスラエルをまきこませるつもりはなかった。だがフランスは小型試験原子炉の供与をもちかけた。スエズ侵攻の企ては米国ソ連双方がイスラエル、フランス、英国へゆさぶりをかけたため不発に至った。フランスはイスラエルを超大国から守れないことを露呈した。撤退合意に先立ち、イスラエルはフランスに核協力の強化を求めた。フランスは大型のプルトニウム増殖炉とともに再処理工場の提供に応じた。これでイスラエルは原爆製造に必要なプルトニウム獲得のめどがついた。あとは重水だけだ。

 

核兵器製造に必要な技術を他国にここまで提供した例はそれまでなかった。ただしベングリオンは核合意実施に必要な資金を用意立てする必要があった。ディモナ核施設の建設費用は不詳だが、イスラエルはフランスに1960年時点のドル価格で80から100百万ドルを支払ったとみられる。当時のイスラエルには大金だった。さらにベングリオンの心配は核開発予算を国防費から流用すればアラブ諸国に対し有効な通常兵力の整備がままならなくなることだった。

 

そこでベングリオンは民間資金でフランスとの合意を実現する方法を考えた。この経緯はマイケル・カーピンがThe Bomb in the Basemenで説明している。ベングリオンは「エイブに電話しろ」と側近に伝えた。エイブとはニューヨークのビジネスマン、エイブ・ファインバーグのことだ。成功した財界の人物で慈善活動家としても著名なファインバーグは米国ユダヤ社会の中心人物であり、民主党とつながっていた。米国の第二次大戦参戦に先立ち、ファインバーグは在欧ユダヤ住民のパレスチナ移住の資金集めを展開していた。終戦後にヨーロッパでホロコースト強制収容所を目の前にしたファインバーグはホロコーストの生存者をパレスチナへ移動させたが、当時は英国が不法ユダヤ移住対策で封鎖網を敷いており、これを出し抜く必要があった。この際の活動を通じ、のちにイスラエル国家運営で重要人物となった各人と人脈ができた。帰国するや、ユダヤ国家の独立直後に国家承認を与えるようハリー・トルーマン大統領へのロビー活動を展開した。見返りにトルーマン再選に向け資金集めをした。

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こうして1958年10月にベングリオンがファインバーグにディモナ合意実施に必要な資金調達の支援を求めたのは自然な流れだった。ベングリオンは以前から米国内のユダヤ指導層にイスラエルのため資金集めを依頼していた。独立をめぐる武力衝突を予期してベングリオンは1945年にニューヨークに行き、パレスチナ地区のユダヤ勢力向け武器の調達資金集めをした。この目論見は成功し、カーピンによれば「生まれようとする国家に秘密のうちに在米富裕層17名に『ソネボーンインスティテュート』のコードネームが与えられ、各構成員は数百万ドル相当の寄金を提供し、武器弾薬のほか、機械類、病院器具薬品類さらに輸送用船舶まで調達した」。

 

ファインバーグは17名のひとりだった。1958年にソネボーンインスティテュートに加え北米欧州のユダヤ人指導層にディモナ各プロジェクト用の資金調達を要請した。おおむね成功し、カーピンによれば「極秘のうちに資金集めが2年続き、富裕層25名が40百万ドルを拠出した」。

 

ではファインバーグの貢献はどこまでイスラエルの核開発を助けたのだろうか。再び、カービンから引用する。

 

ベングリオンがファインバーグでここまでの資金規模を各国のユダヤ人社会から調達できると確信を持てなかったら、フランス合意の実現はおぼつかなかっただろう。1950年代60年代のイスラエルには高度技術入手の代金を支払う余裕がなく、ディモナ原子炉や核抑止力を自国資金で賄うのは不可能だった。

 

ただし、ファインバーグの米イ関係での関与はここで終わった。民主党が1960年にホワイトハウスを奪回すると、ファインバーグは非公式大統領顧問となり、ケネディ、ジョンソン両大統領に仕え、1961年にはファインバーグがベングリオンに米国によるディモナ査察を受け入れるよう説得していた。■

 

This Is How Israel Got its Nuclear Program Started


by Zachary Keck

 

November 25, 2021  Topic: Israel Nuclear Weapons  Region: IsraelUnited States  Blog Brand: The Reboot  Tags: IsraelMilitaryTechnologyWorldNuclear Weapons

 

Zachary Keck (@ZacharyKeck) is a former managing editor of The National Interest.

This article is being republished due to reader interest.


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