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2026年10月4日日曜日

冷戦期に米ソ(ロシア)は潜水艦を9隻喪失していた―潜水艦運用にとって危険な時期であった

 

冷戦期は潜水艦にとって危険な時代だった

The Cold War Was a Dangerous Time for Submarines


冷戦期間中、米ソ両国で潜水艦が沈没した。しかし、艦艇は深海部に埋もれているため、原因は恐らく明確に解明されることはないだろう

1961年に米海軍に就役したパーミット級原子力攻撃潜水艦「USS スレッシャー(SSN-593)」の側面写真。1963年、スレッシャーは試験中に沈没し、乗組員129名全員が死亡した。(海軍歴史遺産司令部)

冷戦について考える(あるいは思い出す)とき、一般的に思い浮かべるのは、表舞台で繰り広げられた緊張関係――米ソ首脳会談、ベトナムやアフガニスタンでの両国による紛争、あるいは世界を核戦争の淵に追いやりかねなかった度重なる危機――である。しかし、冷戦における最も危険な軍事的な対峙のいくつかは、人目につかない海面下数百フィートの深海で、静かに繰り広げられていた。

冷戦を通じ、米ソ両国の潜水艦は、人知れぬ駆け引きを繰り広げながら、極めて重大なリスクを背負ったままで活動していた。原子炉、核魚雷、潜水艦発射弾道ミサイルを積載した潜航中の艦艇は、わずかな機械的故障が放射能災害や、さらには地政学的な火種につながる可能性のある、まさに一線上の状況下で活動していた。潜水艦というものがどれほど容赦のないものであるか――外部から水圧にさらされ、複雑な原子力推進システムで稼働し、閉鎖空間での火災の危険性を孕んでいる――という点も、リスクをさらに高めていた。万が一何かが間違えば、救助される見込みはほとんどなかった。

米国とソ連の両潜水艦部隊は災害に見舞われた。しかし、予算が少なく、安全文化も緩かったソ連の方が大きな被害を受けた。現在に至るまで、計9隻の原子力潜水艦が海上で沈没している(そのうち1隻は驚くべきことに2度沈没したため、潜水艦自体は計8隻)。うち7隻はソ連またはロシアの潜水艦であった。

冷戦時代のソ連潜水艦は「未亡人製造機」と呼ばれた

最も有名な惨事といえば、ソ連のホテル級潜水艦K-19号の事故だろう。後に「ウィドウメーカー」と呼ばれるようになった。1961年7月4日、北大西洋で任務中だったK-19号は、原子炉冷却システムの故障に見舞われた。これにより原子炉の温度が上昇し、壊滅的なメルトダウンに至る危険性が高まった。予備の冷却システムがなかったため、乗組員は即席の緊急冷却システムを考案せざるを得ず、それを設置するため高線量の放射線にさらされた区域に立ち入らなければならなかった。

潜水艦は救出されたが、乗組員たちは莫大な量の放射線を被曝した。8人の乗組員が数週間以内に死亡し、その後も放射線被曝が原因とされる死亡者が続出した。この事故は後に、キャスリン・ビグロー監督、ハリソン・フォード主演による 2002年の映画として映像化された。

7年後の1968年、ソ連の潜水艦K-129が乗組員98名を乗せて太平洋で消息を絶った。原因は依然として不明である。しかし、その後起きた出来事が最も注目すべき点だ。CIAは水深数千メートルの海底に沈む残骸を特定し、専用に建造されたグローマー・エクスプローラーを用いてソ連潜水艦を密かに引き上げる作戦、プロジェクト・アゾリアンを開始した。この試みは部分的に成功し、潜水艦の一部が回収された。これは冷戦時代における最も大胆な諜報作戦の一つに数えられる。

1960年代、米国は2隻の原子力潜水艦を失った

冷戦時代の米国にとって、おそらく最も重大な災害は、 USS スレッシャー攻撃型潜水艦にまつわるものだった。1963年4月10日、マサチューセッツ沖での深海潜水試験中に何らかの不具合が発生し、スレッシャーは耐圧深度を超えて潜航し、内破した。乗組員129名全員が死亡し、この事故は今もなお米国史上最も犠牲者の多い潜水艦事故として記録されている。

海軍による事故の再構成では、海水の浸入、電気系統の故障、原子炉の停止、そして浮上を試みたが失敗した点に焦点が当てられた。この事故を受けて「SUBSAFE」プログラムが立ち上げられ、水密性を維持するため必要なシステムに厳格な基準が課されることになった。

1968年、USSスコーピオンは、乗組員99名を乗せてアゾレス諸島の南西で失われた。原因は最終的に特定されなかったが、おそらく魚雷による被弾か、電気系統の故障が関係していたと考えられている。原因が何であれ、1968年に米国とソ連の両方が原子力潜水艦を喪失し、その正確な理由をどちらの国も把握していなかったという事実は変わらない。

他にも潜水艦の喪失事例はあった。冷戦期間中、こうした事態は半定期的に発生しており、海面下では実際にはほとんど制御が及ばないことを如実に示していた。敵対的な海底環境において、実験的な技術と情報収集、そして核抑止力が組み合わさったとき、大惨事は避けられない結果となった。■

著者について:ハリソン・カッス

ハリソン・カッスは、国家安全保障、技術、政治文化を専門とする作家兼弁護士である。彼の記事は『Tablet』、『City Journal』、『The Hill』、『The Spectator』、および『The Cipher Brief』に掲載されている。オレゴン大学で法学博士号(JD)を、ニューヨーク大学(NYU)でグローバル・ジョイント・プログラム・スタディーズの修士号を取得している。詳細は harrisonkass.comを参照。