アルマトイ市内の抗議集会。ロシア自体の危機に発展するのか。January 5, 2022, (ABDUAZIZ MADYAROV/AFP via Getty Images)
ロシア軍のカザフスタン展開が始まった。展開する部隊規模によってはプーチンのウクライナ方面作戦にも影響が出そうだ。Breaking Defense からのご紹介です。
2021年12月はウクライナ国境付近でのロシア軍増強に世界が注目した月となり、ウラジミール・プーチン大統領がウクライナ全面侵攻を命じるのか、いつ発動となるのかに注目していた。
ところが新たな波乱要因が加わった。ロシアはウクライナ侵攻を断念してまでカザフスタンでの危機に対応する必要に迫られている。
燃料価格上昇をきっかけとした抗議運動が公然たる街頭反乱活動に発展して二週間になる。保安部隊との衝突でデモ側に死者数十名が発生し、1月5日にカザフ大統領カッシム-ジョマル・トカイエフKassym-Jomart Tokayevはロシアに治安維持のため援助を求め、自らの権力の座を守ろうとしている。
トカイエフ大統領は抗議勢力を非合法とし、「平和的手段による要求の声にはすべて耳を傾けた」としたうえで、街頭に出ているのは「2万名の蛮族」だと決めつけた。抗議運動との対話を求める声に対して「ばかげている。犯罪者集団とどんな交渉ができるというのか。武装して準備万端の蛮族は地元民と外国人が構成している。蛮族、テロリスト集団で撲滅せねばならない。即座に実行する」と堂々と語っている。
1月7日朝になり、トカイエフ政権に自暴自棄の印が現れた。大統領が治安部隊、軍部隊に抗議の群れには警告なしで「実弾発射」してよいと直接下命した。大統領はデモ隊を依然として「蛮族、テロリスト集団」と弾劾している。
プーチンの悪夢
カザフスタンの抗議活動はプーチン政権にとって最悪の悪夢といえる。「カラー革命」の再発となり、親ロシア政権が崩壊したジョージア、ウクライナを想起させ、クリミアへのロシア侵攻、ドンバスでいまも活動する「リトルグリーンメン」、さらに現在のウクライナ国境への部隊増強につながっている。
2014年の再来をロシアはどう見ているのか。昨年に実施されたザパッド-2021ロシア-ベラルシ合同演習ではロシアはロスグヴァルディア(重武装警備隊)と連邦保安庁(FSB)の特殊作戦部隊が加わっていた。抗議運動が内乱となり広がる前に制圧することを主眼とした演習で、まさしくこの状況が今カザフスタンに発生している。
カザフスタンは30年ちかくにわたり2019年に退位するまで旧共産党のボス、ヌルスルタン・ナザルバイエフが大統領として支配してきた。ただし、本人は重要な安全保障協議会に残っている。抗議運動を制圧しようと、トカイエフは強硬派としてナザルバイエフ自身が後継者に選んだのだが、1月5日にナザルバイエフを解任している。前大統領親族も同日に重要ポストを解任されている。ただし、あまりにも遅く、小規模な措置であった。
カザフスタンをめぐりプーチンの杞憂は多方面にわたる。まず、なんといっても抗議運動の広がりがここまで早く大規模になったことだ。かつてカザフスタンは安定し信頼に足る隣国とみられていた。ベラルーシも2020年に革命が発生するまでは同様だった。プーチン政権はカザフスタン国内の騒擾の火種が別方面に広がることを恐れ、ロシア国内も例外ではない。
「親ソビエト国家二国に生まれた同じような独裁政権が不安定になってきたことでロシアはいかなる犠牲を払っても国内に影響を拡げないよう動くはずだ」とロシア問題に詳しいアンドレ・グルコフAndrey Gurkovがドイツのドイチェヴェレの論説で解説している。
「カザフ国民多数が不満に駆られ怒りの矛先を向けていることはクレムリンにとって警告となる。米・NATOに向けた軍事力による脅かしが国内にどんな影響を及ぼしているかをロシアは考慮せざるを得なくなる。
財政上の懸念もある。まず、カザフスタンはロシアにとって信頼に足る防衛産業上の同盟国で、カザフ国軍はロシアからの高性能武器装備品供給に頼っている。
さらに原油ガス埋蔵量が大量で、OPEC+加盟国でもあるカザフスタンは世界ウラニウム生産でも40%を占める。供給先は多様で米国、中華人民共和国(PRC)、さらにロシアも含む。カザフスタンには6-7カ月相当のウラニウムが貯蔵されているといわれ、これまで価格の急騰を防いできた。しかし、抗議活動が続くとこの構図も一変しかねない。
さらにバイコヌール宇宙基地があり、ここはソ連時代から主要宇宙打ち上げ拠点となっている。ロシアは同基地を2050年までの期限で租借しているが、カザフスタン政権が親ロシアであることが同施設を安全に活用する条件だ。バイコヌール北東に広がるステップ地帯はソユーズ宇宙機が国際宇宙ステーションから地球に生還する際の着陸地点だ。こうした施設へのアクセスがなくなればロシアの宇宙活動には大きな打撃となる。
軍事介入の規模、期間は
報道では旧ソ連共和国で構成しる集団安全保障条約機構(CSTO)加盟国より合計2,500名規模の部隊が首都ヌルスルタンに進駐とある。部隊の9割はロシアが派遣している。最大都市アルマトイにも展開している。ロシア空挺部隊はエリート部隊でアルマトイ国際空港を奪回し、1月7日時点で占拠している。
小規模部隊では大規模な反抗勢力を圧倒できないように見えるが、反対運動は各地に分散している。つまり、大規模な部隊を他所から有働させ(この場合ウクライナ国境も当然対象となる)、カザフスタンが2014年のウクライナと同じ状況に陥らないようにすべきなのかプーチンにとって思案のしどころだ。ロシア部隊がカザフ抗議集団の殺戮を始めれば、「ロシアに深刻な事態になる」と英国のロシア専門家ティモシー・ガートン・アッシュTimothy Garton Ashがツイートしている。
ただし、ロシアの政治アナリストがBreaking Defesnse に語ったところでは抗議運動の本質は各地に分散し全体の調整統合がないままで強力な武力により短時間で騒擾を制圧できるという。
「抗議運動は局地的でカザフ政府がインターネット、携帯回線の運用を停止したため、今後抗議運動がカザフ、ロシアの軍部隊に勝てるチャンスは極めて低い」というのだ。
「抗議運動は二週間もあればおさまりそうだ。だがその後に残る影響と感情ははるかに長く続く」とし、今後も不安定な状況が続き、プーチン政権も注意は払わざるを得なくなる。
この予測を複雑にするのはカザフ国内でロシア軍に戦死者が発生した場合で、プーチン支持率に陰りが生まれるからだ。
この恐れがウクライナ問題ですでにあらわれている。ロシア国防産業関係者からBreaking Defenseに対し、「プーチン政権に圧力が増えており、さらに戦死者が続々とウクライナの戦場から母国に搬送される可能性が加わる。ロシアでは戦死者の遺族にとってウクライナは戦う正当性が疑わしい場所だ」
カザフスタンの治安回復のため展開した部隊に死傷者が発生すれば、プーチンのウクライナ作戦展開には大きなプレッシャーとなる。ウクライナでは戦死多数の発生は避けられない。ウクライナ軍はロシア軍の比ではないとはいえ、カザフスタン住民よりは手ごわい敵であるためだ。
Atlantic Councilに寄稿したウクライナ、ウズベキスタンで米大使だったジョン・ハーブストJohn Herbstは「当初のCSTO配備が失敗に終われば、プーチンはジレンマに直面する。軍備増強前のウクライナ情勢は手詰まり状態だった。カザフスタンで国民の反対運動で改革志向の新政権が誕生したり、トカイエフが中国や上海協力機構に政権維持の支援をもとめればはロシアの中央アジアでの立場が悪化する。そうなるとプーチンがウクライナ国境地帯から部隊を撤収しカザフスタン騒擾状態の制圧に当たらせ、中央アジアでのロシアの立場を強めるべきなのか。これを実行すれば、ウクライナでの大規模軍事攻勢よりもリスクは低くなる」
1月9日から10日にかけて米ロがウクライナ情勢についてジュネーブで会談する予定で、今のところカザフスタンの不安定状況の影響は出ていない。ただし、ウクライナではロシアが今はカザフスタン情勢のため行動に移れないとの見方が強い。
これと別に番狂わせとなりそうなのがトルコとPRCの二国だ。また米国もトカイエフ政権崩壊で力の真空が生まれれば動いてくるだろう。この場合、プーチンはウクライナに専念できなくなるだけでなく、自身の権力基盤にも疑問が生まれかねない。■
Kazakhstan revolt adds new variable to Russia's plans for Ukraine
on January 07, 2022 at 11:11 AM
カザフでこのように大規模な反政府行動が起きるとは意外。これで記事のようにプーチンはウクライナで危険な火遊びをする余裕は無くなったはずだ。それどころか旧ソ連圏の復活を目指すプーチンの尻に火が付きそうだ。状況は一変に流動的になった。
返信削除カザフの反政府行動は、ロシア軍に蹂躙される可能性が高いが、非人道的弾圧は避けられず、プーチンは国際的孤立を一層深めることになり、さらに欧米がウクライナ危機で表明している強力な制裁を食らうかもしれない。逆上したプーチンは、少々危険な存在になるかもしれない。もちろんそのような試みを徹底して実行できる余裕は無いはずだが、欧州は一層寒い冬を覚悟しなければならないかもしれない。